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【Genocide Numbers】

Act.13

光の塔でジェノサイドナンバーズが袂を分かってから丸一日。
フラカッソとヴィソトニキは行動を共にしていた。
フラカッソは、ジェノサイドナンバーズとしてエキドナの指令を忠実に守り行動している。
期日までにエキドナの下まで帰還するつもりであった。
「漸くアクロポリスの城壁が見えたな」
ドミニオン界・西アクロニア平原。
その西端で、フラカッソは東にそびえるDEMの牙城を見渡した。
何重にも張り巡らされた灰色の防壁と、アクロポリスへの進入路を閉ざす蛍光グリーンの分厚い壁が
ドミニオン達の侵攻を悉くシャットダウンしていた。
更に平原全域にはDEMの性能を引き出す特殊電磁場が展開されており
ドミニオン達が城壁に取り付く事は困難を極める。
「この光景も、随分久々に見た気がするわ。
 ……まだ一週間も経っていないのに」
ヴィソトニキは溜息まじりに呟いた。

一週間前――ジェノサイドナンバーズは四人だった。
フラカッソ、カラミティー、ヴィソトニキ、ドゥーム……
その後カーネイジを加え五人まで増えたが、今残ってるのは二人。
皆、今頃どうしているのだろうか。
爆発で塔から落下したカラミティーも気になるし、ドゥームとカラミティーが何処へ向かったかも見当が付かない。
確かに、彼らは道を別った相手である。。
だがヴィソトニキは、彼らが無事であって欲しいと本気で思っていた。
願わくば、幸せであれ、とも。

「何をしている、行くぞ」
「あ、うん」
いつの間にか歩き出していたフラカッソが、離れた場所で振り向いて待っていた。
追いつこうとヴィソトニキが小走りになったのを見て、フラカッソはまたずんずん進み始める。
敢えて待とう、という気は感じられない。
「…………」
二人は平原のど真ん中を突っ切る。
平原には、シュメルツやゲヴェーア、スナイパーやイリミネーター等数多くの警備用DEMが配置されている。
フラカッソはそれに意を介することなく進み、彼らもまた二人を無視した。
「……攻撃は、してこないね」
それを見て、ヴィソトニキは内心で安堵の溜息をついた。
彼女は、自分達がイレギュラー扱いされていないか心配だった。
部隊の構成員7人のうち4人が離反しているのだから、部隊ごとイレギュラー扱いされるかも、と思っていた。
だが幸いにも、平原の警備DEMが二人を敵として認識する事は無かった。
「当然だ。
 俺もNo.5も、DEMの規則に反した事は何もしていない」
「そうだね……」
漸くフラカッソの追い付き、その横に並ぶ。
ヴィソトニキは、さり気なく隣を歩くフラカッソを見た。
視線を真っすぐ前へ向けたまま、揺ぎ無い歩調で進む。
頭半個分ほど背の高い彼の視界に、彼女は入っていないだろう。
「ねぇ……戻って、どうするの?」
近付く城壁。
その先で待ち受ける、上書き処理という未来。
焦りを覚えた彼女は、つい訪ねてしまう。
「……エキドナ様の命令は、帰還までだ。
 恐らく、次の命令があるだろう」

次の命令――それは『記憶を差し出せ』ではないのだろうか。
全ての自分らしい記憶を失い、生まれたての自分に戻る。
芽生えた『心』も、誰かへの『想い』も全て無になる。
それは、ヒトで言うならば、死にも等しいこと。
彼は怖くないのだろうか。
私は怖い。
自分が自分でなくなってしまう事も怖いけど
何より、彼を忘れてしまう事が怖い――

「……歩行速度が落ちているぞNo.5」
再び、フラカッソに注意を受ける。
小走りになって彼の横に並ぶ。
「しっかりしろ、エキドナ様にお目にかかるのだぞ」
「ごめん……」
二人は無言のまま、再び歩きだした。
二人の距離は遠い訳でも近い訳でもなく、普通の間隔。
だがヴィソトニキには、フラカッソが果てしなく遠いところにいるような気がしてならなかった。

彼女は、アクロポリスに潜入した時が思い出していた。
彼の腕を両手で抱きて、彼の手は頭を抱き寄せて。
一つの存在になったみたいに感じられたのに。
「(……やっぱり……あれはお芝居だったのよね)」
今、機械的に任務に従っている彼を見て思った。
あの日の出来事は、全て夢。
あの時私が一緒にいたのは、『No.3』ではなく『フラカッソ』だった。
無口だが頼り甲斐のある、ヴィソトニキの恋人――役。
だが、もう『No.3』が『フラカッソ』を演じてくれることはないだろう。
少なくとも、今の私の前では。



――それでも私は。
ああ、どうしようもなく、愚かな私は。



このNo.3でありフラカッソである――1人の男性が好き。
どうしようもなく、好きなのだ。

機械みたいな答えしか帰ってこなくても、彼ともっと話したい。
武器を握るようにしか指を動かせなくても、彼と手を繋ぎたい。
モノと変わらない扱いだとしても、彼の腕に抱き締められたい。

あの日から――『恋』を知ったあの瞬間から――
私はずっと、そればかり考えている。

今だって、残り少ない時間を彼と会話して過ごしたかった。
でも怖くもあるのだ。
まっすぐ正面を見据え、揺らぐことの無い歩調で進む彼を見ていると。
任務に関係の無いことで話しかけても、無視されそうな気がするから。

 『綺麗ねぇ』
 『ああ、綺麗だな』

アップタウンに入って最初の会話をリピートする。
あの時は凄く驚いたけど、『心』の何処かでは喜んでもいた。
彼と同じ感覚を共有できたことに。
今思えば、それも演技だったに違いない……だけど、それでも嬉しい。
そんな普通の恋人みたいな会話の真似も、もう出来ないのだろうか。

嘘でもいいから。
演技でもいいから。

もう一度私を、一人の女性として、愛しい人として、見てくれませんか――――?








――第七工廠、マザールーム。
円状の部屋の中央、エキドナは一人佇んでいた。
「…………」
見事な銀の長髪を優雅に揺らし、片手で宙に何かを描いた。
それに呼応するように壁面から隆起する岩状のコンピューターが明滅し
彼女の前に立体映像が投影される。
そこに、フラカッソとヴィソトニキの歩く姿が映っていた。
「二体か……ちと、厳しい喃……」
軽く握った右手を口元に当て、思案する。
何れのナンバーも、上書き保存時に戦闘データのバックアップは保存してある。
例え修復不能なほどに大破したとしても、時間と機材さえあれば再度作り直せる。
だがその二つが問題だった。

まずGN002P。
あれには、『アニキラシオンエンジン』が搭載されている。
極秘中の極秘、まだ試験段階の動力炉であり、もう一度製造するのは困難を極める。
次にGN004P。
GN004Pの体を構成する『蒼血』は予備が大量にある。
問題はそれを操作するコアユニットであり
これも『アニキラシオンエンジン』に劣らないオーバーテクノロジーが注ぎ込まれていた。
そしてGN006P。
支配型の彼女が搭載しているCPUは、エキドナ自身のそれにも匹敵する性能を誇る。
そう簡単に造り直せないのは自明だった。

「……間引きの必要があるか喃……」
全てを1から作り直す程の時間と機材も無い。
この状況下で、最も効率のいい選択は何か。
部屋の壁面が明滅し、高速演算で答えを導き出す。
「…………。
 そうか、それが最高効率なら……致し方ない喃……」
如何なる答えが提示されたのか。
エキドナは目を伏せ、それきり黙った。
彼女の子供達の帰還は、すぐそこまで迫っていた。



デムロポリスに入り、ひたすら北へ。
最北端の、そのまた地下部に位置する場所が、エキドナの居城。
「ただいま帰投致しました、エキドナ様」
広大な空間に足を踏み入れたフラカッソは、エキドナに向かって敬礼。
ヴィソトニキもそれに倣う。
だが内心で、彼女は脅えきっていた。
「ご苦労だった喃、二人とも」
エキドナは二人を労う。
その表情はにこやかであるが、ヴィソトニキは恐怖を感じていた。
彼女には逆らえない。
そう思うようにOSに予め書きこまれているのか、もしくは、上書き処理を知ってしまった為か。
絶対的な恐怖を、彼女は肌で感じていた。
ヴィソトニキの緊張を知ってか知らずか、エキドナは二人に歩み寄りちらりと目配せした。
「……他のメンバーは帰投せず、のようじゃな」
「申し訳ありません。
 リーダーである俺の力が及ばぬ為に、このような結果になってしまいました。
 ……如何なる処分でも受け入れる所存です」
跪き首を垂れるフラカッソ。
最後の一文を聞いた時、ヴィソトキニの『心』が激しく疼いた。
駄目!
そう叫びたかったが、エキドナのプレッシャーの前では、体が強張って何も出来ない。
「まあ、良い良い」
エキドナは笑顔のまま、フラカッソの肩に手を当てる。
その動作一つ見るだけでも、ヴィソトニキは生きた心地がしなかった。
「GN003P、GN005P、お主らが優秀な機体である事が証明されただけじゃ」
そう言って、エキドナは二人を交互に見る。
「GN003P、お主はリーダーとして
 GN005P、お主はそのサポートとして
 これからも妾に仕えておくれ」
「有り難き御言葉、光栄に存じ上げます」
ヴィソトニキは感謝の意を返すが、これは予めプログラムされた行動である。
そうでなければ、DEMが感謝の言葉を述べる訳が無いのだから。
しかし、それに反する者が、いた。
「エキドナ様、どういう事ですか」
「フ……No.3、ちょっと……!」
フラカッソは急に声を荒らげた。
ヴィソトニキは焦って止めに入るが、エキドナは相変わらず笑顔で応対した。
「おやGN003P、妾はおかしな事を言ったか喃?」
「俺は……臨時のリーダー機です。
 我らジェノサイドナンバーズのリーダー機はGN001Pを措いて他にありません」
「ふむ……確かに、今まではそうじゃったな」
エキドナは口元に手を当てる仕草をした。
何かを考える時の癖なのだろうか。
たっぷり十秒間を開けて、エキドナは重々しく口を開く。
「……GN001Pは、永久的に破棄する事にしたのじゃ」
「……!!!」
フラカッソの表情が固まった。
息を呑んだ二人の前で、エキドナはさも残念そうに続ける。
「GN001Pは優秀な機体ではあったが、部隊の中では最古参……ちと、設計思想が古過ぎるのじゃ。
 加えて、多脚型は量産の際にコストが嵩むというネックも存在するから喃……
 種々の要因を踏まえ、入念に検討した結果、破棄という結論に至ったのじゃ」
だから仕方が無い、と言うニュアンスを、フラカッソは感じた。
「………………。
 では、俺が回収したGN001Pの頭部は修理しなかったのですか」
フラカッソの声が、いよいよ剣呑なものを帯び始める。
しかしエキドナは全く意に介した様子も無く、淡々と答えた。
「然り……先日まで、保管はしておったが喃。
 既にこの地下の廃棄処理場へと既に運ばれた筈じゃ」
「!!!」
廃棄処理場。
それは不必要なメカや、破壊されたDEMの残骸、または修理不能なDEMが運び込まれる処理施設。
地下にあるこのマザールームよりも更に深い位置に作られ
内部にはアーリー・ダイナーやムカーデ・リッターのようなスクラップを餌とする機械虫や
ガラクタ同士が融合し、他のガラクタを食い漁るメタヴァーラのようなモンスターの巣窟となっている。
「じゃが安心せい、GN001Pの集積したリーダーとしての経験はお主に応用が――」
「エ……エキドナ!」
のうのうと語るエキドナに、フラカッソは言い様の無い衝動を覚えた。
上司であり母である絶対者エキドナに対し、槍を振り上げ殴りかかりたいという衝動。
原因は、ノイズ。
エキドナがGN001Pを貶める度に、フラカッソのブレインにノイズが走る。
彼はそのノイズの正体を知らない――だが、同じノイズなら知っていた。
アニキがGN001Pを破壊して、次元断層に消えたあの日。
彼は全く同じノイズを経験していた。
「No.3、失礼よ!」
まさに振り上げん、とした槍に、ヴィソトニキが手を伸ばし止めた。
彼女もまた、どうしようもない不安に煽られるように衝動的に行動していた。
彼女はエキドナが怖い。
エキドナは意志一つで彼女達を破壊できるのだから。
だから壊されるのが怖い。
しかし――フラカッソが壊されることは、その100倍も怖い。
フラカッソがエキドナに刃向おうとする度に、肝を冷やしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
三者の間に、沈黙が訪れた。
フラカッソはエキドナを睨み、エキドナは笑ってそれを受ける。
ヴィソトニキは緊張の面持ちで、二人を目だけで交互に見た。
その時、彼女はもう決断していた。
もし、エキドナが二人を今すぐ上書き処理を施すならば。
若しくは、フラカッソがエキドナに斬りかかるのならば。
エキドナを撃とう、と。
万が一にも勝ち目なんて無い。
だがそれでも、フラカッソを守りたい一心で、彼女はやるつもりだった。
しかしその決意は、幸いにも空振りで終わる。
「二人とも、長旅でガタが来ておろう。
 メインベースに戻り、次の指示があるまで待機しているがよい」
「…………」
エキドナは最後まで笑ったまま、二人に背を向けた。
ヴィソトニキは心から安堵し、険しい表情のフラカッソの腕を引っ張る。
「りょ、了解です。
 行こう、No.3……」
「…………了解…………」
ヴィソトニキに促されても、暫くの間エキドナを睨んでいたが
やがて諦めたように、その場から立ち去った。



「……なんだか、久々に帰って来た気がするね」
メインベースに戻ったヴィソトニキの、最初の感想だった。
二人がここを空けていたのは、僅か5日前後に過ぎない。
だがこの数日に起こった事件は、彼らの全てを変えてしまったと言っても過言ではない。
「……」
フラカッソは黙って、部屋の片隅にある大きな作戦テーブルの椅子に腰かける。
彼のブレインの中では、エキドナと話してからノイズが飛び交い続けていた。
「(……一体、どうしてしまったんだ俺は……)」
エキドナに逆らうつもりなど、彼の中には毛頭なかった。
彼はDEMだ。
エキドナに造られたDEMだ。
創造主に逆らえる筈が無いのだ。
それは礼儀や道義ではなく、DEMの性質として『あってはならない』こと。
それならば、エキドナに逆らおうとした自分はイレギュラーなのか。
「(違う……俺はイレギュラーなんかじゃない……)」
かぶりを振って、悪い考えを追い払う。
自分は抗議したかっただけだ。
自分にはリーダーを務めるだけの実力が無いから、GN001Pを戻して欲しい、という
極めて道理的な事を伝えようとしたに過ぎない。
「(そうだ……そうに違いない)」
次御目にかかる機会があれば、そのことを論理的に上奏せねばならない――
「……No.3、座るよ?」
「む?」
物思いを中断し隣を見ると、ヴィソトニキが椅子腰を下ろそうとしているところだった。
いつの間にフォームチェンジしたのか、ノーマルフォームになっている。
アクロポリス潜入のままの、Yシャツとミニスカート姿で。
「ああ、No.5か……好きにするがいい」
「うん、ありがとう」
「……整備は終わったか?」
自分の事を棚に上げて、フラカッソは問うた。
塔の崩落で受けた軽微な傷の修繕や、弾薬の補給などすべき事はある筈だ。
だが、ヴィソトニキはバツの悪そうな顔をし、小さな声でこう言った。
「私達……これから先、出撃する事あるのかな……」
「何を言っている?」
自分達は、エキドナの命令で戦うために存在している。
それが出撃しないなどと言う事があるだろうか。
「ドゥームが……No.6が言ってたじゃない、上書き処理されれば記憶は消えるって……」
「ああ、言っていたな」
帰還すれば上書き処理される、といったニュアンスの事も言ってた筈である。
「だが、上書き処理されてもボディは維持される。
 ならば、コンディションは常に最高に――」
「……No.3は怖くないの?」
フラカッソを遮って、ヴィソトニキが尋ねた。
その声が若干震えているのを、フラカッソは感じた。
「怖い?」
「私は……怖いよ」
ヴィソトニキはフラカッソの瞳を覗き込む。
「私、忘れたくない事があるの……たくさん」
「……そうか」
フラカッソには、それしか言えない。
憐れみも励ましも、DEMには無縁のもの――そう考えているから。
「ねぇ、No.3は忘れたくない事は無いの?」
「……俺の中に、そのような欲求は、無い」
DEMは欲望も持たない。
何かに対し希望があるとすれば、それは合理的な判断の結果である。
今の場合、記憶を消すことは優秀なDEMを製造するに必要不可欠なことなのだから、それを否定する事は出来ない。
だから、自分が何を記憶しているかなんて、意味が無い。
「そっか……ごめん、変なこと聞いて」
フラカッソのそっけない返事を聞いて、ヴィソトニキは俯き、目を反らしていた。
それを見て、フラカッソは何故か胸の奥がチクリとした。
「……No.5の忘れたくない事、とは何だ?」
理由の判らないの痛痒を紛らわせるように、フラカッソは問い返した。
すると、ヴィソトニキは急にうろたえ始めた。
「え…………ええっと……」
わさわさと自分の髪を撫でたり視線をあちらこちらに向けたり、落ち着きを著しく欠いている。
「なんだ?」
「その…………ふ、二人でアクロポリスに潜入したときのこと……」
最後の方は、声が小さくて聞き取れないほどだった。
久々に、ヴィソトニキのエンジンは回転数を上げていた。
「潜入任務の記録か?」
「う、うん……」
フラカッソは首を傾げる。
あの任務は失敗に終わった。
大事に保存し続けるような内容だっただろうか。
「何がそんなに大事だったのだ?」
「そ、それは………」
今度はもっと答え辛い質問だったのだろう。
先程にも増して、エンジンの回転数は上がっている。
「……言えないような内容か?」
止せばいいのに、彼女の気持ちを理解出来ないフラカッソは更に詰め寄る。
「い、言えない訳じゃないけど……」
「…………」
「わ、判った、言うよ……」
フラカッソの視線に耐えきれず、ヴィソトニキは折れた。
「あ……貴方が
 肩を抱き寄せてくれたり、
 名前で呼んでくれたり、
 映画見せてくれたり……」
たりたりたり。
一つ言う度に、ヴィソトニキの体温が上がる。
だがフラカッソには、いまいちピンと来ない。
「それが大事な記憶なのか?
 たかが、ヒトの真似ではないのか?」
予想していた答えとはいえ、ヴィソトニキは落胆を禁じえなかった。
「No.3にとってはそうでも……私にとっては特別な意味があるのよ」
もういいよ、と呟いて視線を反らす。
これ以上話しても、すれ違い続けて胸が苦しいだけ。
ヴィソトニキは報われない『心』を抱いて黙ってしまった。

「…………」
フラカッソには、ヴィソトニキの言っている意味が殆ど理解出来なかった。
何が特別なのか。
何故大事なのか。
その理由が判らなかったが、そっぽを向いたヴィソトニキの横顔を見ている内に、ふと思う事があった。
「(シアターの時と、類似した状況だ)」
シアターで、上映前に立ち去ろうとした時も似たような事がなかったか。
ヴィソトニキが映画を見たがったのを、彼が突っぱねた時。
彼女は彼に従ったが、その姿にどこか力の無さを感じた。
それが『諦め』とか『悲しみ』とか呼ばれる感情だと言う事を、フラカッソは知らない。
ただ彼女を見て、彼の頭の中で大量のノイズが発生したのを記憶していた。
とても不愉快なノイズだった。
それに従い、彼は何と言ったか。
確か、こう言ったのだ。

「仕方ないな」

「え、な、何?」
振り返った彼女の目の前で、フラカッソの体は光に包まれノーマルフォームになった。
ヴィソトニキは目を丸くしている。
「確か、こうだったか」
隣に座るヴィソトニキの遠い側の肩に素早く手を回し、全身を自分の方へと寄せる。
その体が一瞬、ビクッと跳ねたが、気にせず限界まで密着させる。
そして耳元に口を寄せ、彼は囁いた。
「これでいいのか、ヴィソトニキ――?」

彼女のブレインは、悲鳴を上げていた。
初めは混乱の叫びを、そして次に喜びの悲鳴を。
「(ど、どうして急に――!?)」
循環系がバーストしそうなくらい、エンジンが滾っている。
「これが特別なのか?」
顔のほんのすぐ傍で、フラカッソが囁いている。
何か言いたいけど、何を言えばいいのか判らない。
「おい、どうした……体温が高いが大丈夫か?」
彼は心配しているようだが、うまく返事も出来ない。
彼との距離は0。
彼の手の感触も、体温も、エンジンの鼓動も直に伝わってくる。
「……アクロポリスに潜入した時も、ヴィソトニキのエンジンは不調だったな」
「…………うん」
夢見心地で生返事を返す。
フラカッソは、自分の首元に手を当てて一本のケーブルを引き出していた。
「その時は確か……映画を見つつ休憩をしたな」
「うん…………」
あの時は、本当に嬉しかった。
映画を見られた事もだが、フラカッソが我儘を聞いてくれた事が、である。
もしかしたら、それは自分の思いこみで
彼の中では『エンジン不調に対する休憩』でしか無いのかも知れない。
だけど、そんなの関係なかった。
フラカッソに『心』が届いた気がして、嬉しかったのだ。
「また休憩が要るようだな……一時間二十分ほど」
「…?」
何やら壁にケーブルを繋いでゴソゴソしていたフラカッソが
妙な事を口走った途端、信じられない事が起こった。
突然消える、メインベースの照明。
「え?え?え?」
「映画でも見ながら、時間を潰すとするか――あの時みたいに」
作戦会議用のプロジェクターが、低い音を立てた。
壁のスクリーンが、まばゆく光る。
「嘘……!?」
私は信じられなかった。
そこには、あの日見た映画――『キカイのココロ』が映されていたのだから。
「……録画してたの?」
「ああ……見たかったのだろう?
 途中まで画質が悪くピントがずれたりもするが、許せ」

それは、あの日の再現だった。
暗い部屋。
隣に座った彼に寄り添い。
二人で映画を見る。

ありふれたデート。
二度とないと思ったデート。

それを、この人は……事もなげに再現してしまった。

「フラカッソ、狡いよ……」
「何がだ?」

私の気持ちなんて理解していない癖に、どうしてこう、私の希望に応えようとするんだろうか。
もしかしたら『心』が伝わってるんじゃないか、と期待してしまうではないか。
両想いなんてあり得ないのに。
私の恋が成就する筈ないのに。

「我慢……出来なくなるじゃない」
「……理解出来ん」

ほらやっぱり、理解してない。
そんなに狡いことするなら、私もそれを利用してやろう。
思いっきり、恋人らしく振舞おう。
彼にそんなつもりがないことは、どこかに忘れてしまって。

「俺には意味が判らないが……したいように、してみればいい」

そう言うなら。
私は遠慮しなかった。
彼の空いている左手を奪うと、両の手で包む。
そのまま口元に寄せて、左指の第一関節に口付けた。
「……!」
フラカッソは驚いたみたいだが、抵抗はしない。
それを良い事に、私はその手を解放してあげなかった。
「……」
彼の手を、胸に抱く。
温かい。
太陽を抱いているみたい。
お返し、と言わんばかりに、肩を抱く彼の手にも力を強めた。
彼の肩に頭が乗る。
今再び、私達は一つになった。







ずっと……こうしていられたらいいのに。






「…………」
何故ヴィソトニキの要求に応えたのか。
自分でも判らない。
ただ、今の彼女の顔を眺めているのは、悪い気分ではない。
ブレインの中には相変わらずノイズが走っているが
それは不愉快なノイズではなかった。
彼よりも一回り小さい手が、自分の手を掴んできた時も、新たなノイズが生まれた。
指が彼女の濡れた唇に触れた時も、胸に抱かれ薄いシャツ越しに彼女のボディを感じた時も
得体の知れない衝動が彼の中を駆け廻った。

だが、彼はそれらを無視した。
ヴィソトニキの蕩ける様な笑顔。
それ以上に優先すべき事項は、彼の中に存在しなかったから。
いつしか、彼の中の最優先事項は
エキドナの命令からヴィソトニキの笑顔になっていた。
彼女が笑ってくれるなら、自分は何でも出来る。
本気でそう思う。

「(……俺も……イレギュラーなのかもな……)」

おかしい事と知りつつも、彼にはどうしようもなかった。
それは最も深い所――OSに刻みこまれてしまったのだから。



彼は考えた。
映画が終わっても、きっとヴィソトニキのエンジンの不調は直るまい。
だからまた、休憩をとる必要があるだろう。
一時間二十分くらい……。








「二人のイレギュラー化も決定的か……
 まあ、判っておったことじゃが喃」
エキドナは淡々と考える。
「GN002、GN004P、GN006Pの製造が完了次第、早々に上書き処理する必要がある喃」
それまでは、待機させておけばいい。
もし逃げ出そうとしても、ここはエキドナの御膝元、そう簡単に逃がしはしない。
「さて、作業に取り掛かるとするか喃」
彼女は頭脳で命令を送り、第七工廠のデータベース内から一つのフォルダを呼び出す。

『GN設計書』

設計図2:開発名アニキラシオン
設計図4:開発名カラミティー
設計図6:開発名ドゥーム

それら三つのファイルを選び出し、開発部に転送する。
これで彼女の仕事は終わりである。
後は、DEM製作用DEMが勝手に作業を進めてくれる。
「……」
フォルダを閉じよう、とした彼女は、ふと一つのファイルに目を止めた。

設計図1:開発名マサカー

破棄を決定したGN001Pの設計図である。
「……これはもう、不要じゃな」
彼女はなんの躊躇いも無く、それをドラッグし、ゴミ箱へとドロップした。










その地下100メートル。
廃棄処理場、と呼ばれる巨大な縦穴。
「…………」
スクラップが山と谷を作り、その間を機械虫やメタヴォーラが跋扈している。
そこに、真っ黒なDEMの生首が一つ、転がっていた。
まだ放りこまれて日数が浅いのか、山の上の方に埋もれていた。
「(……我……ハ…………)」
誰もが完全に停止したと思っていた筈のブレインに、一つの思考が生まれる。
「(……棄テ……ラレタ……ノカ……?)」
立った一度の敗北で。
暴走した味方の一撃で胴体を撃ち抜かれただけで。
「(誰カ……誰カイナイノカ……!?)」
周りを見渡したくとも、動かすべき体も腕も足も無い。
漆黒に広がるゴミの海原を、ただ見ている事しか出来ない。
「(No.2、No.3、No.4、No.5、No.6、応答セヨ……)」
彼は必死に通信を試みるが、既に通信器も壊れていた。

<警告:バッテリー残量極小>

無駄な足掻きのせいで、僅かに残っていた電力も間もなく底を突きそうだった。
アラームが警告音を出す。
その微小な音は、近くでヴィエルヴェインの残骸を喰らっていたメタヴォーラの聴覚素子に届く。
「飯イェ……」
体のあちこちから機械部品を露出させた脂肪塊が、のそのそと生首に近付く。
数秒後には、彼は噛み砕かれてその一部にされるだろう。
「(我ハ……ココデ朽チルノカ……)」
GN001P――マサカーはそれを理解した。
得体の知れないノイズが湧き上がるが、彼にはどうしようもない。
出来るのは、迫りくる死を、ただ待つ事のみだ。
「イダダギマ゙ァ゙ズ!」
メタヴォーラが、生首を掴みあげた。

<警告:ジェノサイドナンバーズ全滅の危機を感知>

彼のブレインは、仲間からの反応がない事を、味方の全滅と自動的に判断していた。

<非常用コードを起動します>

それは、アニキが死にかけた時と同じメッセージ。
だが、彼にアニキラシオンエンジンは初めからない。
代わりに別のシステムが積まれていた。

<ジェノサイド:シークエンス開始>

部隊名と同名のシステム。
それの発動と同時に、汚らしい咆哮が辺りに響き渡った。
「ギャ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!」
マサカーを喰らわんとしていたメタヴォーラのものだ。
「……」
いつの間にか、生首からは数本の尖った虫の脚のような物が飛び出ている。
それらは全て、メタヴォーラの頭部に深く突き刺さっていた。

<吸収対象:機械混合型モンスター>
<電力を吸収し、胴体部はパーツへと改造>

マサカーはエネルギーを吸い取ると、メタヴォーラの体にへばり付いた。
そしてその頭部をバラバラにして落とし、そこに自らの生首を据え付けた。

「……何処ダ……ミンナ…………」

黒い鉄火面を、まん丸に肥大した脂肪の体に乗せて、マサカーは歩き始めた。
暗い暗いスクラップの海を。
システム<ジェノサイド>――<皆殺し>の導きに従って。
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プロフィール
管理人 こくてん
MMORPGエミルクロニクルオンライン
Cloverサーバーで活動中。
管理人室は ほぼ日刊で更新中。
連絡先は
bloodmoon495告hotmail.co.jp
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