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【Genocide Numbers】

Act.12

そこは地の底。
固い岩盤を何年もかけて繰り抜かれた、暗く冷たい洞穴。
瓦礫や不気味な機械部品が散乱する中。
「…………」
一際、奇妙な物体が落ちていた。
それは直径1メートル強の水色の球体。
表面に金属光沢があるが、どこか柔らかそうな感じも受ける。
「……うーん……」
球体が、声を上げた。
艶めかしく気だるげな女性の声。
やがて、球体はその形状を変え始めた。
「『蒼血』……展開ー」
にょきにょき、と球体から四肢と首が生える。
あっという間に一人の人――ウェットスーツを着たような蒼いDEMが形作られた。
球体の余りは、するすると形を変えて大鎌となる。
「……危ないところだったー」
そう言うカラミティーの声は、内容に反して軽い。
A-16――50メートルは優に超す高さから落ちた彼女が傷一つ負っていないのは
その体の構成物――『蒼血』をゴム状にしてコアユニットを包み込んだためである。
「……ここは何処だろ?」
周囲を見渡すと、真っ暗い空洞が何処までも続いているように見えた。
ほぼ真っすぐ落下したのだから、塔の立っている島の地下なのは間違いない。
しかし落ちてきた穴は塞がってしまったのか、上へと通じる道は見つからない。
「……参った」
「……誰カ……居ルノカ……?」
「!」
闇の中から、罅割れた合成音。
カラミティーは咄嗟に大鎌を構え、声の方向を警戒した。
「……」
「誰カ……援軍…カ……?」
重い足音と、機械的な声。
間違いない、DEMだ。
カラミティーは確信した。
しかし今の彼女はイレギュラーとしてお尋ね者の身。
油断せず、問い返す。
「貴方は……誰?」
「……」
ガシンガシンと足音が大きくなり、やがて、声の主が闇から姿を現した。
「わたし……ハ
 作業用DEMS06V型R2……TOPARTS、と呼ばレテましタ」
「トップアーツ……」
現れたDEMは、両手にクロー型のマニュピレーターを備えた作業型。
脚部も重厚に造られている事から、土木工事のようなハードな作業にも従事出来る型だと判断できる。
「アナタ……は……作業ノ支援……ニ、来タノカ?」
「作業、と言うけど……こんなところで一体何を?」
カラミティーは改めて周囲を見渡した。
岩壁とガラクタの他は、本当に何も無い場所だ。
「指令を……受けテいるのデす。
 こコに次元連結装置ヲ造リ、本隊の到着ニ備エよ、ト」
「本隊……ここに?」
光の塔を襲撃するなんて計画は聞いた事も無い。
そもそも、冒険者しか立ち寄らない孤島の廃墟を襲撃するメリットが無い。
そこまで考えて、カラミティーはふと気付いた。
このDEM、自分で修復を重ねているようだが……異常に古い。
「……貴方がその命令を受けたのは、どれくらい前?」
「データ照会チュウ……」
トップアーツが動きを止めると、頭部からカリカリと何かをひっかくような音がした。
かなり古いCPUとハードディスクを積んでるのが判った。
「任務最終更新日……291300日前デす」
「29万……800年も前……!」
その時代、DEMは機甲要塞マイマイを本拠地としアクロポリスと大戦争を行っていた筈だ。
だが侵攻作戦は失敗に終わり、DEM達は撤退を余儀なくされた。
「……トップアーツ……もう、エミル界との戦争は終わっているんだ」
カラミティーは沈痛な面持ちで伝えた。
だがトップアーツは、その意を理解しようとはしなかった。
「作業中断時間超過――作業を再開シまス」
「……」
トップアーツは地面に落ちているガラクタを拾い集めると
それを両腕に抱えて歩き始めた。
「……何処に行くの?」
「次元……断層増幅器ヲ………造りまス」
目も合わせず、ぐんぐん闇の中を突き進むトップアーツ。
カラミティーは仕方ないと言わんばかりに大袈裟に肩を竦め、その後をついて行った。

やがて、少し開けた空間に出た。
その中央には、見上げるほどの巨大な筒状の機械が聳え立っていた。
「……これが次元断層増幅器……?」
最も完成された次元跳躍装置である光の塔と比較すれば
大した事の無い大きさではあるが、1人のDEMが造り上げるサイズのものではない。
「これ……貴方が一人で全部管理してるの……?」
「……」
トップアーツは何も言わずに機械に近付くと、黙々と作業を開始した。
爪でネジを開き、中の配線を切り、怪しげな機械を取り出して弄繰り回し
それが終わると機械を戻し、配線をハンダ付けし、ネジを締めて閉じる。
そんな煩雑な作業を、柱の周りで何回も繰り返す。
「……」
初めはそれを黙って見ていたカラミティーだが、ふと思った事を口に出した。
「寂しくないの……?」
「『寂しい』?」
トップアーツは作業の手を止めてカラミティーを見上げた。
「『寂しい』とは、ナンだろうカ」
「……誰かがいなくなって、物足りなくなる感じ……かな?」
カラミティーにだって、上手く説明できない。
「理解困難……類する情報を検索チュウ……」
「……悪い、妙な事を言ったね」
普通のDEMが、そんな感情を覚えることはない。
ましてや相手は、何百年も同じ作業を繰り返してきた模範生のようなDEMだ。
そんな機械らしくない思考をするはずがないと、カラミティーは考えた。
しかし返ってきた答えは意外なものであった。
「……『寂しい』と一致するカどうカ確証は持てナイが、近いデータナラ見ツかった」
「!」
「五十ネン……いや、百年くらイ前ノ記録だガ……」
かなりデータに混乱が起きているのだろう、随分と曖昧な答えだった。
だがそれでも、カラミティーはそれに興味が沸いた。
「ねえ……その話、聞かせてもらえないかな」
「駄目デす」
にべもなく切り捨てられ、カラミティーは内心で落胆を覚える。
だがトップアーツは先を続けた。
「この作業ヲ終わラセてからデないト、待機時間ニ移行するコトは許さレナい」
そして元の作業に戻る。
カラミティーがそっと後ろから覗き込むと、その作業は煩雑に見えたが実に単純なものであった。
見よう見まねでも、カラミティーに出来そうである。
所詮、数世紀前の技術ということか。
「……手伝おうか?
 そうすれば、早く休憩できると思う」
「支援してクレるのでスか?」
「……何すればいい?」
トップアーツは片言の言葉で、しかし丁寧に説明してくれた。
トランジスタみたいな部品を、どんどん取り替えていけばいいらしい。
「……判った、ありがとう」
箱いっぱいの部品を持って、早速作業に取り掛かろうとするカラミティー。
その時、トップアーツが唐突に尋ねた。
「アナタ、名前ハ?
 認識コードが認識でキナいよ」
800年前と今とでは、DEMの基本情報のフォーマットだって当然違う。
最も、カラミティーの機体ナンバーを読めたとしても、それは既に彼女名前ではないのだが。
「私は……カラミティー」
「カラ……みティー?
 判っタ、覚えテおく」
久々に、本当に久々に。
トップアーツのブレインは新しい情報を記録した。



数時間後。
二人はすっかり作業を終えていた。
トップアーツ曰く、これで次元断層増幅器は大分完成に近づいた。
最も、重要な部品を作るための機械が振ってくるまで完成はしないらしいが。
二人は腰を下ろして、装置に寄り掛かっている。
「感謝スる」
「さて……話してくれる?」
「……大分昔、ココにヒトが落ちてキたのデス。
 今日のカラみティーのヨウに。
 彼の名ハ……確か、ホセ、と言いマしタ」
トップアーツは虚空を見つめながら、話し始めた。
彼女のハードディスクが、乾いた音を立てて回り始めた。
「ホセは怪我をシてまシた。
 ワタシは、彼ヲ手当てシました。」
彼、ということは男なのだろう。
それで?とカラミティーは先を促した。
「地上に戻ル道ハ塞がっテいたノで、彼はワタシト一緒に暮ラし始めマシた。
 彼ハ眼鏡ヲ失っテいテ、ワタシがDEMだト判らナイようでシタ」
「……逆に……貴方はそのヒトを敵だとは思わなかったの?」
「ヒトを殺スのは『腕』の仕事デすかラ。
 別の機体ノ任務を独断デ行ウことは、部隊の秩序ヲ乱しマス」
『腕』が何かはわからなかったが、カラミティーは頷いた。
行動原理を突き詰めれば殺人に繋がるとしても
全てのDEMがヒトを敵とみなすようにプログラムされていない事に、若干の驚きを覚えつつ。
「それで、ホセはどうしたの?」
「彼は……ワタシに色々ト話しカケてきまシタ。
 その中にハ、DEMとは無縁な話モ多かッタでス……が
 不思議ト、うるサイとは感じマセんデした」
ホセが話した事を、トップアーツは掻い摘んでカラミティーに話した。
家族のこと、友人のこと、故郷のこと、そして仕事のこと。
仕事に対して誇りを持つ職人肌だったらしい。
仕事の話が特に多かったようだ。
「彼は家ニ帰りたガッテいるヨウでしたガ、元気デしタ。
 あト……彼はワタシが作ッテいるモノを見て、色々言ッテましタ。
 『おめぇも職人さんだなぁ!』『すげぇもん作るじゃねぇか』トか」
「ぶっ」
トップアーツが、いきなりホセのものと思われる口調を真似たので、つい噴き出してしまった。
そこだけ妙にリアルだったのは、音声ファイルとして重要に保管していたためだろうか。
「ドウかしまシたか?」
「……ご、ごめん、なんでもない。
 で、そのヒトはどうしたの?」
「……」
急に黙って、やや俯き気味になるトップアーツ。
「……ある時、岩盤が崩れテ、外に繋ガる道ガ開けマシた。
 ワタシはまず、ホセヲそこカラ外に逃がシタ……」
だけど、と言い、そこで一旦区切り間を置いた。
「…………その後、再ビ崩落が起きテ…………」
「……出られなくなったのね」
カラミティーの言葉に頷く。
「それ以来、誰トモ会っていナい」
半世紀か、それとも一世紀近くか……
彼女は暗い地の底で、再び一人で作業をする事になったのだ。
「カらみティー……
 アナタの言ウ『寂しい』と言ウものは、その時感じタんだ」
「…………」
トップアーツは、当時の記録を再生しているのか、暗い声で続けた。
「彼が居ナクなってカラというモノ……作業中ニ手が勝手ニ止まることが多くナっタ。
 自分デも判らないのだガ、突然彼のことを思イ出すようニなった」
彼女の声は沈み、虚ろさを増している。
「どウしてワタシは一人なんだろう、とか
 どうして誰も来てくれないんダろう、とカ……
 突然、叫んだり走りたくなる衝動に駆られるようになった……。
 彼に出会うまでは、そんなこと一度も無かった。
 700年を越す作業を辛いと思ったり、止めたことなんてなかった――!」
だが、その声には抑揚が付き、不思議と人間味が滲み出てきた。
口調もだんだん砕け、感情的――そう、『心』が籠った喋りになった。
「苦しかった。
 彼のコトを思うと――胸の辺りが傷むんだ」
「うん……」
「仲間に会いたい、誰でもいいから会いたい、とよく思った。
 外に出たいと、本気で考えることもあった」
彼女の老朽化し切ったスピーカーから出る、流れるような言葉。
カラミティーは確信した。
そこには確かに『心』が宿っていると。
「だけど10年ぐらいだろうカ。
 苦しみ続けたけド……気が付いたラ、そんなコトを考えるノは、止めていタ」
孤独に耐え切れず、彼女は『心』を殺した。
また己を、一個の作業機械と化したのだ。
再び、彼女の声は無機質なものを帯び始める。
「記憶をハードデぃスクの奥底に、封印していたんダ……」
「……私、余計なこと、したかな」
彼女の辛いトラウマとも言える辛い過去を、わざわざ掘り起こしてしまった。
これから先、また10年彼女は苦しむのではないだろうか。
カラミティーはそう考えたが、トップアーツは首を振った。
「うウん……ワタシ、思い出セて良かッた。
 辛いけド……この記憶と想イは、大事なモノだから」
錆付いた『心』で、暖かい過去の『心』を抱き締めているのか。
トップアーツのくたびれた顔には、平穏があった。
カラミティーは思う。
彼女を、なんとか救い出せないか、と。
……ついでに自分も、どうにかしてここから出られないか、と。
「……ねぇ、トップアーツ。
 この次元断層増幅器を完成させるのに、あと何が必要なの?」
「エ?」
突然立ち上ったカラミティーに、トップアーツは驚きの声を上げた。
「ええト……重力場反転回路と超伝導バンパー。
 あと、ガイズ=ベルオーク現象を誘発すル為のソレノイドコイルが……」
呪文のような単語を並べてゆくトップアーツ。
しかしカラミティーもDEMの端くれ、その意味をなんとなく理解した。
「……やったことないけど、代替品ならなんとかなるかな」
準備運動をするようにぐるんぐるん肩を回し、カラミティーは装置に歩み寄った。
「何をスル気?」
「私が部品になる」
「!?」
カラミティーはそう言うや否や、驚くトップアーツの目の前で両手を機械にかざした。
<『蒼血』分解及び再構成開始>
瞬く間に、カラミティーの大鎌と両腕は水銀状の液体となって、機械へと吸い込まれてゆく。
「な、ナニを……!?」
唖然とするトップアーツに向かって、どや顔を返すカラミティー。
「……最近のDEMはね、こういうことも出来るんだよ。
 電力凄く食うから、あまり長時間は無理だけど……」
両腕のあったところには、粘性のある液体を伸ばした時のような極細の銀の細い糸。
ここから『蒼血』に命令を送っているのだ。
機械内部に入り込んだ『蒼血』は、カラミティーの意思通りに形を変えて
不足する機能をカバーするパーツへと生まれ変わる。
「……うん、素材が違うから完璧じゃないけど……
 でも代用品は出来たよ」
「カラミティー、アナタは……」
「さ、早く起動してみて」
微妙な操作が必要な上に、電力の消費量もハンパ無い。
カラミティーは突っ立ってるトップアーツを急かした。
「……私もね、ここから出たいんだ。
 貴方と一緒にね」
恐らく次の起動は成功し、ドミニオン界へのゲートが開かれるはずだ。
「……判っタ」
トップアーツは操作盤に手を伸ばした。
何千回、何万回とやった行程――彼女の手は、それを感じさせるほどに滑らかに動いた。
やがて、機械の内部から轟音が轟き始める――




「……将軍!しょうぐーん!」
所変わって、ドミニオン界。
ウェストフォートの東に広がる砂の海、ヘルサバークに二つの人影があった。
いや、正確にはヒトと言ってよいものか判断に困るような二人組みが居た。
一人はトランシーバーを顔に近づけ、呼びかけている。
が、その顔はドラゴンのそれ。
ドラゴンマスクと呼ばれる覆面装備だが、異様そのものだ。
彼が着こなしているエンジ色バトラースーツが、それを助長しているのは間違いない。
『ザ――……どうした、ノウマン』
トランシーバーから帰ってきたのは、朗々とした中年男性の声。
彼が、将軍、と呼ばれた男なのだろう。
その声は落ち着き払い、それでいて聞く者を安心させるような力強さがあった。
「只今、ヘルサバーク西部をパトロール中なのですが
 谷の方から次元歪曲を感知しました!」
『……何も無いとは思うが一応調べてみてくれ』
「了解!」
竜面の執事――ノウマンは、トランシーバーを切ると胸の内側にしまいこんだ。
こうしないと、砂で精密機器は駄目になってしまうからだ。
今の通信を聞いていたもう一人が、意気込んで得物を掲げた。
「よーし、ちょっと道は険しいけど
 愛しの将軍の為に頑張っちゃうわよー!」
彼女の得物は、竜鱗を削って作られた大斧ドラゴンブローバー。
本来両手で扱う重量級の武器だが、彼女はそれを両手に一本ずつぶら下げている。
それだけでも十分に奇妙なのだが、更に奇妙なことに彼女の顔は骨面だった。
トドメに、彼女はメイド服を着ていた。
「よしシェーラ、ひとっ走り見回るとするか!」
竜面の男の方は、青龍偃月刀を肩に担いで同じように意気込んでいる。
「行くわよ、ノウマン!」
「応!」
骨面のメイド・シェーラと竜面の執事・ノウマン。
仮装行列にでも参加するかのような装備とノリで
二人は次元断層の発生地点へとすっ飛んでいった。




バァァン!

「!!!」
カラミティーは、頭上で恐ろしい破裂音が弾けたのを聞いた。
次元断層増幅器の頭上に、巨大な光の球が浮かび上がっていた。
「成功だ!」
トップアーツが叫んだ。
それと同時に、二人は浮遊感を感じた。
下を見れば、脚が床から少し浮いているではないか。
「……え?」
「気を付ケてカラミてィー!吸い込マレる!」
光の球――時空に空いた穴は、周囲のもの全てを吸いこもうとしていた。
周りに落ちている小さな破片から、次元断層増幅器の部品までもがどんどん巻き上げられて消えて行く。
「……『蒼血』を回収しないと……!」
カラミティーは慌てて『蒼血』を体内へと戻す。
飛び散って別次元に行ってしまったら、回収は不可能だ。
だが次元断層増幅器から重要なパーツが抜けて、動作が急におかしくなり始めた。
光の球が、揺らぎ始める。
10秒もしない内に、次元修復が行われ穴は消えるだろう。
「カらミみィー!飛び込モう!」
トップアーツは、自分から床を蹴り宙高く舞い上がった。
行った先がドミニオン界の何処なのか、そもそも本当にドミニオン界に通じているのか……
完全じゃない跳躍では、座標通りに飛べる保証など、無い。
だがこの機会を逃せば、次にここから出られるのはいつになるか――
「……うん、行こう……!」
一か八か。
スカイブルーの体躯が、優雅に宙を舞う。
断層が発する引力に導かれ、光の渦に消える二体のDEM。
やがて光は紫電を散らしつつ収束し、後には次元断層増幅器だったガラクタの山だけが残された。



カラミティーの視界を、ブレインを焼くような光と宇宙の深淵のような闇が入り乱れる。
「うっ……」
体を引き裂かれそうな重力波に、ただひたすら耐える。
やがて、カラミティーの体は次元断層から外へと放り出された。
「あ―――――」
逆さまになった視界に移ったのは、紫の空と灰色の大地。
そこは紛れも無く、不毛な戦火の世界、ドミニオン界。
次元断層増幅器はそこそこいい仕事をしたようだ。
ただ一つ、Z座標を指定よりも割増した以外は――
「あー…………」
中空に放り出されたカラミティーは、情けない声を上げながら大地へと落ちて行った。





空が見える。
マゼンタの空。
ヴァイオレットの雲。
「………………」
体は動かない。
次元断層の重力波に揉みに揉まれ、上空から落とされたから。
800年……良く持ってくれたと思う。
「………………」
だが、そんなことはどうでも良かった。
この空を見た時――彼女の中で、何かが動いた。
「ふ………………」
「トップアーツ!」
誰かが近づいてくる。
頭のすぐ近くに跪いたその人は、この空とは違う綺麗なブルーをしていた。
「カラ、ミティー……」
「……酷い……すぐに応急手当てを……」
カラミティーの片手が溶けて、私の足りないパーツを補おうとしているのが、判った。
だけど――
「もう、駄目だよ、カラミティー……
 私はもうじき止まるから」
「…………」
今判った。
もう私の手足はバラバラで。
首だって取れかかっている。
胴体は潰れて、どうして動いていられるんだろうって言うくらいめちゃくちゃ。
カラミティーもそれを知った上で、私を励ますつもりで治そうとしてくれたのだろう。
「ありがとう、カラミティー」
「……ごめん、私が、無理に起動させたから――」
カラミティーの顔が歪む。
そんなに苦しまないで。
「それは、ちがうよ。
 空を見て――」
ほら、と指差したかったけど、その手が無かった。
「空……?」
「空」
カラミティーと一緒に空を見る。
赤みがかった紫から、紺に近い青へのグラデーション。
そして全てが、黒へとゆるやかに近付いている。
日が沈みかかっているのだ。
彩度と明度を失う代わりに、空は小さな小さな光を宿しつつある。
星。
ああ、私の生まれた日も。
こんな空だった。
「思い出せた……一番、古い、記憶を……」
800年も昔のデジタルデータ。
とっくの昔に失われたと思っていた。
だけど、覚えていたんだ。
「今、判ったよ……」
「え……?」
「私は……ずっと、この空を求めてたんだ……」
エミル界の抜けるような青空や灰がかった曇り空でもなく。
赤と青の鬩ぎ合う、紫の空を。
私の故郷の空を。
「ありがとう ありがとう カラミティー」
「…………」
役目を果たし。
心を満たし。
私の体は、仕事を終えた。
長い長い長い休息を、欲していた。
「アナタがいたから
 私は故郷の空の下で眠れる」
あの暗い孤独な穴倉で朽ちなくてよかった――
「ようやく、眠れるんだ――」
「……おやすみなさい、トップアーツ……」
そっと、顔の横に手が添えられた。
ああ、冷たくて、気持ちがいい。
「……おやすみ カラミティー」
貴方に出会えて、良かった。
もうスピーカーは動いてくれなかったから言えなかったけど。
きっと伝わったよね。
「…………」
空が暗くなってきた。
もう星も見えない。
ああ、夜だ。
眠るんだ、私は――



眠りに落ちる前



私は彼を思い出した。



――――貴方も、故郷の空の下で眠ってますか、ホセ?――――





「……トップアーツ……」
全ての動きを停止した彼女の体を――もう頭と胴体の一部しか残って無かったけど――抱き締める。
800年頑張り続けた彼女の『心』は、最後に救われたのだろうか。
そう信じたい。
「だって……こんなに幸せそうな顔で眠ってるんだものね……」
カラミティーが見た、最初で最後の彼女の笑顔。
その顔は、汚れて罅割れて、ボロボロになっていたけど
カラミティーが見てきたどんな顔よりも美しかった。
と、急にカラミティーの体が平衡を失い、揺れた。
「……私も……そろそろお休みかな……」
<バッテリー残量 残り1.2%>
『蒼血』を使い過ぎたか。
バッテリー残量が0になれば、彼女の体は維持できなくなる。
直接の死ではないものの、『蒼血』が使えないと一切の活動が出来ないのだから死とほぼ同義だ。
「……省エネルギーモードを……」
カラミティーは慎重に、体をノーマルフォームに作り変える。
いつかアクロポリスに潜入した時と同じ、ロングパレオ水着姿だ。
戦闘は出来ない分、こちらの方が消費電力的には低いのである。
「あ……」
だが、それ以上は動けなかった。
DEMの陣地まで行く事も、誰かに助けを求める事も出来ない。
「……まあ、私はイレギュラーだし、助けてくれるヒトなんていないものね……」
カラミティーは諦めた。
そして、トップアーツの頭を抱き締めたまま
「私も、そっち行くよ……」
そっと、目を閉じた。



カラミティーが目を閉じた後。
トップアーツの頭から、小さな光の珠が飛び出した。
カラミティーの上を2、3回、円を描いてくるくると飛び回ると
その場を離れ、どこかへ行ってしまった。





「どうノウマーン?何かありそうー?」
「んにゃ、なさそうだ」
竜面と骨面……仮装組の二人が、険しい岩山を歩いている。
二人は次元断層が発生したと思しき地帯をパトロールしていた。
「何も出てこなかったのかしら?」
「稀によくあることだ」
ノウマンはぞんざいな返事を返し、青龍偃月刀の柄を杖代わりにずんずん進んでゆく。
「それもそうね……って、あれ。あれ!」
すぐ後ろを歩くシェーラが、何かを見つけた。
「何だ!?」
「あそこ!なんか白い光が浮いてる!」
離れた崖下に、白っぽい球体がふわふわと浮かんでいるのをノウマンも見た。
「なんだありゃ……敵の新兵器かも知れん、見に行くぞ!」
「あいさ!」
二人は崖を降りて行く。
すると光は、二人から逃げる様に動き始めた。
「待てっ!」
「待て待てっ!」
二人の目の前で、光の珠はするすると滑るように逃げ――そして
「……人が倒れてる……!?」
光の珠が止まったのは、カラミティーの眠る場所。
「この女性は……DEMよね?」
露出のやたらと多い水着姿を見て、シェーラは首をかしげている。
「ああ……しかし、何故こんなところでノーマルフォームで……」
二人が近づくと、光の珠はそれ以上逃げることなく
スッとカラミティーの中へと消えて行った。
「……今のは何だったんだ……?」
「私達を誘導しているみたいだったわ……」
ノウマンは青龍偃月刀を背負うと、カラミティーの体を持ち挙げた。
「連れて帰ろう」
「危なくない?」
シェーラが怪訝そうに問うと、ノウマンは足元を顎で指示した。
「見ろ。このDEM、亡くなった仲間の頭を抱いてたのだぞ」
確かに、ボロボロになったDEMの頭がそこに落ちていた。
「……仲間の死を悼んでいたのね……」
「きっと、彼女にも『心』がある」
ノウマンは断定的な口調で言うと、カラミティーを抱き上げたまま、歩き出した。
彼らが仕える“将軍”が守護する都市、最後の砦ウェストフォートへ。
「――我らの仲間とするに十分な理由だ」
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