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3月初旬に発表を考えていた
GenocideNumbersのお話です。
既にGenocideNumbersを読まれた方向けの
内容となっております。















機械も夢を見るのだろうか。
その議論は、人工知能開発の黎明期から行われて来たと言う。
人の見る夢は、睡眠中に大脳が情報の処理を行う過程で見えるビジョンである。
機械の見る夢も、人の見るそれと同じだとするならば
夢の内容は、記憶している事柄に関したものに限定される筈だ。

昨夜、私――アニキラシオンは夢を見た。
だがその内容は、私が記憶してる筈のない事実。
エキドナの手により消去された、ヴィソトニキやカラミティーが作られる以前のデータ。

……今は亡き長兄、マサカーが登場する記憶だった。





忍び寄る夜の帳を、不規則に揺らぐ橙の光が照らす。
木造の家屋を舐めるように炙る、炎の光だ。
目の前で村が焼かれていた。
それを成したのは、私GN002Pと、私から数歩のところに立つGN001Pマサカー。
母世代エキドナから与えられた任務で、このドミニオンの小さな村落を襲撃したのが半刻前。
マサカーの長距離射撃で見張りを打ち殺すと同時に、私が村に飛び込み
視界に映ったドミニオン達を片っ端から撲殺した。
迷う理由など、無かった。
ただただ与えられた任務と組み込まれたプログラムに従い、鋼鉄の塊で頭蓋を砕く。
立ち向かう者は私の両の拳の餌食となり、逃げようとした者はマサカーの砲撃の的となった。
当時、私はまだアニキラシオンエンジンを搭載しておらず
マサカーの銃も大口径のエネルギー砲ではなく、極めて原始的なスナイパーライフルだった。
しかしそれでも、無力なドミニオン達に対しては圧倒的な威力を持っていた。
戦闘と呼ぶのも躊躇われる、DEMによる一方的な虐殺劇。
だが、この世界では良くあること。
そして私達ジェノサイドナンバーズ二体にとっても、日常茶飯事だった。
「残存者はいないか?」
マサカーが通信で呼び掛けてきた。
私は素早く周囲に視線を走らせる。
今みたいに優秀なセンサー――両耳の位置にある、白い羽根状のアレだ――は持っていなかった為
最も有用な感覚は、視覚だった。
そして、遠くにある崩れ落ちた家屋の瓦礫の影に隠れる、二つの人影を発見した。
「二体発見。これより処分する」
一歩を踏み出す。
すると、覚悟を決めたのか、二人のうち片方が飛び出して来た。
手にはナイフを携えていたが、服は兵士のそれではなく、木綿のシャツだった。
その民間人――まだ成人にも満たないオスだったが――は
両手を広げて、後ろの仲間を庇うように立ちはだかる。
「お兄ちゃん!」
後ろにいた一人が、悲鳴を上げた。
お兄ちゃん、と言う事は、兄妹なのだろう。
兄妹だろうと親子だろうと爺孫だろうと、私には何の意味も無いが。
「逃げろ!兄ちゃんや父さん母さんの分まで生きてくれ!」
「でも……!」
何やら兄の方が騒いでいる。
声は背後の妹に向かっていたが、その視線はまっすぐ私に注がれていた。
当時は何にも思わなかったが、夢で見ている今なら判る。
その目からは、煮えたぎるような憎悪が私に向かって放たれていた。
「逃げろぉぉぉぉ!」
「……っ!」
兄の叫びの数瞬後、妹が村の外に向かって駆け出した。
だが無駄だと私は判断した。
子供の足でマサカーの銃の射程から走って逃れることなど、不可能だからだ。
「うぉぉぉぉ!死ねぇぇぇ!」
妹が駆け出すのを確認した兄は、ナイフを振り上げて私に飛びかかって来た。
それなりに訓練は受けていたのか、刃の軌道はまっすぐ私の首を狙っていた。
大人になれば、いい戦士になったかもしれない。
だが、彼が大人になることは、無い。
無謀な突撃に対し、私は冷静に対処した。
まず無造作に左手を水平に振るい、ナイフを払い落す。
そして右腕を突き出し、青年の首をしっかりと掴んだ。
「がぁっ……」
一瞬で白目を剥き、泡を吹く。
私には、苦しみもがく敵を見て喜ぶ趣味は無い――そもそも嗜好と言うものが存在しなかった。
故に速やかに首を握りつぶし、絶命させようと試みる。
私の握力を持ってすれば、窒息死などさせずとも脊椎を砕き筋肉ごと握り潰すことだって容易い。
だが死へと向かう僅かな時間に、青年が微かにこう呟くのを聞いた。
「い……もうとだけは、助けっ……」
狭窄した喉から、それだけを漏らして彼は生を手放した。
敵の死を確認した私は、何の感慨も無くその肉体を家屋の壁面に投げ付けた。
一瞬張り付き血の華を咲かせ、地面へと力なく落下する死体。
その時になって、私は初めて異常を感じ取った。
「……」
青年が逃がした少女は、振り向くことなく走り続け、今や村の外に出ようとしていた。
それを射止めるべきマサカーは、どういう訳か兄と妹を交互に見つめ、黙している。
「何故撃たない?」
「……」
私が尋ねると、マサカーは夢から覚めたかのように慌てた様子でスナイパーライフルを構えた。
照準器の十字の真ん中に少女を捉える。
だがマサカーの指は、それ以上の動作を行わなかった。
「……」
背中に銃口が向けられたまま、少女はひた走りに走り、遂には射程外へと逃げ伸びてしまった。
「GN001P、任務は敵兵の全滅の筈だ――」
「……この男は……」
厳しく問い詰める私を遮り、マサカーは私が絞め殺した青年の元へと歩み寄る。
苦悶に満ちた死顔に向けて、問いかける様に呟いた。
「何故逃げなかった?」
「……」
マサカーの呟きに応える声は無い。
ヒトの行動は非合理的過ぎて、私達DEMには理解出来ない。
それ以前に、理解する必要が無い。
「GN002P、何故この男は逃げなかったと考える?
 女の方を盾し、彼一人なら逃げ切れる可能性は高かっただろうに――」
「それを理解する事に意味があるのか?」
予め組み込まれたプログラム通りの、無機質な返事。
「……撤退するぞ」
気分を害したかはたまた失望したか、マサカーはそれ以上何も言わずに帰路に着いた。
私もその後を付いて行く。



マサカーの様子がおかしくなり始めたのは、その頃からだった。
普段はエキドナから与えられた任務を、まさに機械のように黙々とこなしていたが
時折ドミニオン達の行動に興味と疑問を示し、行動原理を探ろうとした。

彼が興味を示したのは、ドミニオン達の非能率的な行動。
身を挺して家族や友人を逃がそうとする自己犠牲、
または覚悟を決めて一緒に死のうとする友愛。
マサカーは事あるごとに、私に同じような質問を振ってきた。
当然、当時の私には答えなど分かるはずも無かった。
やがてマサカーは、蓄積したそのような行動データを分析する作業に取り掛かった。
彼らの行動がどのような理由に根ざしているのかを
果てしないシュミレーションと考察を繰り返して求めたのだ。
シュミレーションの結果は膨大になり、いつしか私もそれを手伝っていた。

――今なら、判る。
それは『心』を再現しようとする過程であり
図らずも私達自身に『心』を芽生えさせたのだ。

私も次第にドミニオン達に興味を持つようになり
またマサカーとそれについて調べ議論を交わすことに、僅かな愉悦を覚えるようになっていった。
しかし、この活動を敢えてエキドナに報告するようなことは、二人ともしなかった。
そうする理由も無かったし、そうする事が良くない結果を招くような予感があったからである。



一ヶ月ほど経った頃だろうか。
いつもの様にエキドナから殲滅任務を下された私達は
ベースで黙々と出撃準備を進めていた。
燃料と幾つかの手榴弾を装着していると
マサカーが私の真後ろに立ち、躊躇いがちに声をかけてきた。
「No.2……」
「何だNo.1」
マサカーの予想外の行動はいつもの事だったので、振り返ることなく背中越しに答える。
「……」
だが今日のマサカーは、それにも増して様子がおかしかった。
何かを言おうとする気配は感じるが、沈黙を続けている。
「用があるなら早く言え」
「…………我々は間違っていたのだ」
暗く低い声で、しかしはっきりと告げられた言葉に、私は手を止める。
武器類をそっと置き、ゆっくりと振り返ると鉄仮面の目が私を見ていた。
「……どういう意味だ」
「これ以上、ドミニオンを殺すことは出来ない。
 我には、遂に彼らの『心』が判ってしまった」
無表情は筈の鉄仮面に、憂いと怒りと悲しみと――様々な激情が渦巻いていた。
「彼らも生きているのだ――いや、彼らは我々DEMと違い、生きていると言った方が正しいか。
 あらゆる感情に身を委ね踊らされ、生きているのだ」
「『心』?『感情』?」
マサカーよりもドミニオンに対する理解が未熟な私には
彼の言っていることが上手く理解できなかった。
「我々が彼らを殺す度に、彼らは痛みに『苦しみ』、死に『絶望し』、そして『悲しむ』。
 それは良い事だと思うか、No.2」
嘆くように抑揚をつけて問われ、私は返答に窮し視線を逸らした。
「……私には、よく判らん――」
「お前になら判る筈だ!
 我が妹であるお前なら!」
「……!?」
『妹』と呼ばれ叱責され、私は顔を上げてマサカーを見つめた。
静かな声で、再びマサカーが問いかける。
「もしも、我が目の前で破壊されたとしたら、お前は何も感じないか?」
「……」
その状況を、必死にシュミレーション――もとい想像する。
私が起動してから、片時も離れず片時に居たマサカーが、戦場で破壊されるシーンを。
一人取り残される私。
話すことも頼ることも出来ない世界。
そこまで想像して、私は始めて『感情』の起伏を覚えた。
「それは嫌だ……。
 居なくならないでくれ……!」
それを聞いて、マサカーが笑った――ような気がした。
「お前ならそう言ってくれると信じていた」
ふっと影が覆い被さってきた。
気がつくと私の体は、マサカーの胸の中にあった。
「……No.1……」
「我も、お前を失いたくは無い。
 ――たった一人の、掛け替えの無い『妹』だからな」
『妹』という言葉に、私は一つのシーンを思い出していた。
いつかの戦場で、妹を庇い私に飛び掛ってきた兄。
兄の死を見て、泣きながら私たちから逃げた妹。
そして私は――気付いてしまった。

ああ、私達がやっていた事は、そういう事だったんだ――

「兄さん……
 私達は酷い事をしてきたんだな」
兄の胸で、私は呻くように呟いた。
私はこの拳で、どれだけの悲しみを生み出してきたのだろうか。
それを実感した時、私は自分の頭を叩き割りたくなった。
だがマサカーは私の頭を撫で、
「……仕方が無い。
 我々は、戦闘に関する事物以外の全てから、判断と思考を……
 『心』を奪われていたのだから」
その言葉は自分に言い聞かせる様でもあった。
兄の心も同様に傷付いていると判り、私は少しだけだが気持ちが安らいだ。
「……」
マサカーは私を離し、ベースの入り口へと向かう。
四本の脚を踏み締め、狙撃銃を構えてはっきりと告げた。
「共に逃げよう、No.2」
「ここをか?
 ……出来るだろうか」
兄の背中に固い意志を見つつも、私は不安だった。
我らが造物主エキドナは、絶対的だ。
権限も戦闘力も。
虎の子の試験機2体をそう易々と逃がしたりはしないだろう。
「やらねばならん。
 ……我々は既に、『心』無い機械ではない。
 これ以上、エキドナの下で傀儡として殺戮を繰り返すことに、どうして耐えられよう」
「……そうだな」
確かに、以前のようにドミニオン達を殺せるかといわれれば、ノーだ。
拳が止まるだろう。
最早ここに居場所は無い――いても役立たずとして処理されるだけだ。
「よし、行こう――」
私は武器を再び持ち、マサカーに続こうと一歩を踏み出す。
ベースの照明が火急を告げる赤へと転じたのは、まさに同時だった。



『緊急事態発生 緊急事態発生
 GN001P及びGN002Pに叛意アリ。
 至急エキドナ配下部隊は二機の処理に当たれ。
 繰り返す――』



数分後、私達はデムロポリスの通路を全力で駆けていた。
マサカーは四本の脚で疾走しつつ、近づく敵をライフルで無効化してゆく。
DEMの本拠地であるデムロポリスは蟻の巣のように入り組んでおり、
しかも画一化された部屋が続くので方向感覚や距離感が麻痺してくる。
下手にはぐれたら、合流は難しい。
速度で劣る私は、その後ろからついて行くのに精一杯だった。
故にルート選定はマサカーに任せっきりだったのだが、ふと気付いて私は声を上げた。
「に、兄さん!こっちは外部への通路では無いのでは――」
「逃げる前にすべき事がある!」
神速で銃弾をリロードしながら、マサカーが応じた。
行く先には、開発部門へと続く巨大なゲートが聳えていた。
「新型GN003P――」
訝しがる私に、マサカーが鋭く言う。
速度を緩め、ライフルの照準をゲートの制御パネルに向けて、撃った。
「未だ目覚めぬ我らの弟を連れて行く!」
「…………!」
制御を失い開放されたゲートの隙間に、マサカーが滑り込んだ。
私もそれに続く。
背後には、私達の命を狙う無数の追っ手の足音が迫りつつあった。



「すまんッ!」
「!!!」
マサカーは開発室に飛び込むや否や、開発室のDEMが反応するよりも早く引き金を数度引いた。
乾いた音と共に、火花と電撃を迸らせて床に倒れ伏せるDEM達。
よくよく見れば、急所は外されていた。
「これか……」
倒れたDEMには目もくれず、マサカーは背の高いカプセルの前に立った。
高さ3メートル程の巨大な円筒の横に、操作盤が備え付けられている。
私は操作盤の液晶に表示された開発名を読み上げた。
「GN003P……Code:Fracasso……か」
中は見えないが、この中に私達の寮機……もとい弟がいるのは間違いない。
「No.2、彼を起動してくれ。
 その間、我は追っ手を食い止める」
マサカーは振り返って今入ってきたゲートに相対する。
開錠装置は銃で壊してしまったので、閉じることはできない。
間もなく雪崩れ込んでくるであろう追っ手に備え、マサカーがライフルを構える。
「早く!」
「あ、ああ!」
私は慌てて操作盤に飛び付き、操作盤に起動プログラムを打ち込み始める。
正直、機械の体を持ってる癖に機械の扱いはあまり得意ではない。
だがやらねばなるまい――マサカーが持ちこたえてくれている間に。
「もう来たか!」
マサカーの叫びと同時に、銃声の応酬が開発室に木霊した。
はっと振り返ると、ゲートに殺到する大量のDEM。
最早容赦している余裕もなく、マサカーはライフルで敵の急所を狙い沈めてゆく。
だが敵の数は多く、とても一人で捌き切れる量とは思えない。
現に敵弾の何発かはマサカーの装甲を削り取っていった。
「兄さん!」
私も応戦しようと手榴弾に手をかける。
しかしマサカーは攻撃の手を休めることなく私を叱責した。
「ここは我に任せて、お前はNo.3を!」
「くっ……」
激戦の音を背後に聞きながら、私は再び操作盤へ手を伸ばした。

...
脚部アクチュエーター制御系......OK
全エネルギー循環系.........OK
外部電源切断...OK
起動秒読み開始 3  2    1

「よし……!」
数十行に渡るチェック作業の後、細い空気の抜ける音と轟音と共に
遂に機械の棺の蓋が開いた。
「……おい、起きろ!」
カプセルの縁に足をかけて身を乗り出し、中を覗き込む。
そこに見たことの無いDEMの姿を認めた。
手には細い片手槍と、小さめのシールド。
背中にはランチャーと翼は背負っていないが、髪の色は今と同じ萌黄色。
「……」
フラカッソの目が、薄く開かれた。
橙色の瞳と目が合う。
レンズの焦点が何度か音を立てて切り替わり
私のことを見つめ返してきた。

「……貴女は……?」
「お前の……姉さんだ」

GN003P――フラカッソ。
私とフラカッソの、真の意味での初の対面だった。



後は逃げるだけだ。
開発室を突破した私達は、紫色の空が待つ地上へとひた急ぎに急ぐ。
その後ろから、数を増した追っ手達が群れを成して追ってくる。
先頭を行くマサカーは、開発室で押さえ役を買って出たため装甲にはかなりダメージがあった。
まだ動作も思考も不安定なフラカッソの手を、私は強く引っ掴んでその後を追う。
「何故、我々は逃げているんだ?」
「うるせぇ、とにかく走れ!」
「……了解」
フラカッソからしたら、さぞ理解困難な状況だろう。
生まれて間もないのに、味方である筈のDEMに追われているのだから。
要領を得ないといった感じで、渋々従うフラカッソ。
どのみち、手を引っ張られているのだから止まれないのだが。
「もう一つ聞きたい。
 『姉さん』とはどういう事だ……?」
「あ!?
 あー……私らは兄弟機だからだ!」
「兄弟……それはドミニオン達の概念では――っ」
「ッ!?」
突然の轟音。
フラカッソの反論を遮る、通路全体を揺らすような振動と金属の摩擦音。
「急げ!」
マサカーの言葉に顔を進行方向に向けると、すぐ前方にはデムロポリスの開口部――つまり出口。
だが上方から巨大なシャッターが降りてきて、そこを封鎖せんとしていた。
厚さ5メートル、高さ50メートルもの鋼鉄で道を塞がれては、もう逃げようがない。
「閉鎖モードにするつもりだな、エキドナは……!」
既に過熱状態のエンジンを更にヒートアップさせ、私は足を速める。
しかし、微妙に速度が足りない。
「No.3、もっと急げ!」
「こ……これが限界だ……!」
フラカッソの声に苦しそうなものが混じる。
エンジンや人工筋肉が異常を来しているのだろう。
どんな機械も生き物も、少しづつ動かしてウォーミングアップするものである。
起動直後に全力を出そうとすれば、苦しいし体が傷つくのも当然だった。
「この手を離せ」
フラカッソが私の手の中で自分の手を捩り、私を振りほどこうとした。
「馬鹿を言うな!」
自分でも分からないが、それだけは絶対にしたくなかった。
だから逃がさぬよう、指がピシリと音を立てるくらい強く握り締める。
「痛っ」
「No.2、No.3!」
一足先にシャッターまで辿り着いたマサカーが、シャッターの真下で立ち止まった。
既にシャッターは、マサカーの頭上一メートル弱まで下りてきている。
「先に行け、兄さん!」
だがマサカーは、私達の方を向くと
「『馬鹿を言うな』」
手にしたライフルを投げ捨て、両手を高く掲げた。
「そう言ったのは……お前だぞ」
「…………!」
鼻で笑う様な調子で告げられた言葉と、武器を手放すという行動に
私は彼の恐るべき思惑を理解した。
そして、それは現実になる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
触れるマサカーの両手とシャッターの底辺。
途方も無い重量の鉄塊が、マサカーの両手と四脚に容赦なく襲いかかった。
遠目から見ても、ボディーのあちらこちらで火花が飛び散るのが判る。
「兄さん!!!!!」
「早く逃げろ……!」
どんなDEMも一瞬で潰されてもおかしくない超重量である。
にも関わらず、マサカーは四肢を踏ん張り、たった一人でそれを支えていた。
だがシャッターは無慈悲にも下降を続け、マサカーの関節も徐々に屈曲し始めていた。
私はフラカッソと一緒にシャッターを潜ると、彼の手を離してすぐさま振り返った。
勿論、シャッターを支えてマサカーを助けるためだ。
「兄さん今行く――」
「来るな!!!」
怒声にたじろぎ、思わず脚を止める。
その眼前で、マサカーは遂に膝をついた。
関節はねじ曲がり、全身からは火花と共に燃料やケーブルが飛び出る。
「聞け、妹よ……そして弟よ……」
激しいスパークの中、消え入りそうな声が私達に届く。
腕部と脚部が粉砕され、シャッターがまた一段階沈み込む。
その勢いを借りて、無慈悲に床に向かって、落ちた。
床との間にある邪魔なもの全てを、完膚なきまでに粉砕しつつ。
「――――!」
シャッターと床の隙間が0になる一瞬前。
マサカーは最期に一言、私達に叫んだ。
「生きろ!」
死の恐怖への絶叫でもなく、私達への恨み事でもなく、兄はそう言った。
そしてシャッターが落下する轟音と衝撃が、彼の全てを終わらせた。
「兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」



私の夢は、そこで途切れた。
全身が震えていた。
「い、今のは――夢か?私の想像か……!?」
しかし、そうとは言い切れないリアルさがあった。
確証は無いが確信を持って、私、正しくは過去の私が経験した事実だと言い切れる。
「兄……さん……」
マサカーの最期の姿が、頭から離れない。
身を呈して、恐怖や生への執着も捨てて、一人で逝った彼の姿が。
あの後、私達はどうなったのか。
「……考えるまでも無い、か……」
脱出に失敗し処分されたに違いない。
私はマサカーが死に物狂いで守った命二つを、どっちも守れなかったのだ。
「すみません、兄さん……
 すまない、フラカッソ……」
あの時、私とフラカッソが逃げ切れていたら――
いや、三人で自由になっていたら、どんな未来が待っていたのだろうか。
兄さんは、私の横で笑っててくれただろうか。
「……詮無き事だな」
意味の無い仮定だ。
マサカーは、もう居ない。
だが私やフラカッソは今、生きている。
なら出来る事は、マサカーが守ろうとした命を大事にする。
それしか無い――。




















「お……おい、フラカッソ」
朝食後の食卓にて朝刊に目を通していたら、暴力女が話しかけてきた。
コイツが俺に話しかけてくるのは非常に稀だ。
その上、何処となく視線が泳いでいるのだから奇妙を通り越して不気味の域だ。
「…………」
とりあえずセオリー通り無視して三面記事を読み進めることにする。
「無視してんじゃねーぞ!」
機械の黒い手が視界の左から現れて、俺の手から新聞紙をもぎ取った。
「……何の用件だ。
 4コマ漫画が希望なら、そう述べろ」
鬼の剣幕のアニキラシオンを冷ややかに見つめ、俺は新聞紙を取り返そうと手を伸ばした。
だが手に返ってきたのは、新聞紙の荒い紙の触感ではなく
コーティングされた滑らかな何かの感覚だった。
「…………」
俺は手の中にあるものを、慎重に分析する。

掌よりも二回りほど大きい、板状の物体。
装甲はつやつやとした紙で、隙間の無いように全体をカバーしている。。
さらにその装甲を強固にする為か、帯状の布――いわゆるリボンで十字に束縛していた。
その交点には不器用な蝶々結び。
更に追加情報を挙げるとするならば――それはハートの形をしていた。
敢えて言う程の事ではないが、ハート様の形では無い。
心臓をイラスト化した形の方だ。
以上を全て統括し結論を述べると――

「まさかとは思うが、バレンタインチョコなのか?」
2月14日は既に過ぎ去っている。
大体、コイツが俺にチョコを贈るなど、何かロクでもない魂胆が裏にあるに違いな――
「私がなんか企んでると思ってるんだろ」
「……当然だ」
いとも容易く思考を読まれ、少しムッとする。
だがアニキラシオンは、得意がるどころか表情を僅かに曇らせた。
「嫌なら別に捨てても何しても構わん。
 ワゴン売りされてた、時期外れのやっすいチョコだしな」
アニキラシオンの態度に妙なものを感じ、俺まで心を騒がされる。
いつものように喰いかかってこられないと、調子が出ない。
「何が理由なんだ」
「相変わらず可愛くねぇな……。
 別に大したことじゃない」
俺の態度に呆れたように肩を竦め、アニキラシオンは家を出ようとした。
「姉が弟にチョコを贈るのに、理由なんて必要無いだろうが」
「…………」
「んじゃ、ちょっと出かけてくるわ」
去り際に俺に背を向けたままそう告げ、手をひらひら振って出て行った。



アニキラシオンが俺に対して『姉弟』を強調する事など
いままで無かったような気がする。
寧ろ、旧GenocideNumbers――アニキチャンネル内で序列と言うと

『アニキラシオン』>『カラミティー、ヴィソトニキ、ドゥーム』>『カーネイジ』

ぐらいしか存在せず、俺を兄ないし弟と認識しているのはカーネイジくらいなものだ。
故に俺は兄弟姉妹のヒエラルキーから、ほぼ外れた位置に居ると言っていい。
大体、ヴィソトニキを妹と認識しようものなら、俺はむっつりから犯罪者に格上げする羽目になる。
話は逸れたが、アニキラシオンが俺を弟呼ばわりするのは極めて異常、という事だ。
「……ぬぅ」
誰もいない食卓で、チョコの包みを睨んで俺は唸る。
アニキラシオンが芝居を打って、俺を騙そうとしているという可能性もあるにはある。
だが――『姉』や『弟』とは、冗談で言っていい言葉ではない。
少なくとも俺達の間では、それは重要な言葉だ。
アニキラシオンもそれは十分理解しているだろう。
「何か、特別な意図があるのだろうか……」
姉らしく、弟らしく何かした記憶は、無い。
少なくとも、今持っている記憶の中では。
「……あいつの考える事は判らん」
少し頭を捻ってみたが、冴えた考えは浮かばなかった。
とりあえず、何をすべきかはすぐに判った。
アニキラシオンは、何をしても構わん、と言った。
だから俺は、両手にチョコを乗せ、真ん中に親指の爪を立てる。
「ふんっ」
手に力を込めると、中央を支点にチョコを真っ二つに、割る。
そのまま左右に引っ張り、包装紙ごと左右に引き裂いた。
二つに割れたハート。
俺はそれを口に運ぶ事もせず、ポケットに入れた。













ドミニオン界、ウェストフォート。
その片隅には、DEMとの戦争で亡くなった兵士や一般人を弔う共同墓地がある。
戦場で死んだ人は身元が判らない事も多く、墓碑銘も無い墓石も少なくない。
故に、名前を出すと反感を買うようなDEMも、密かに葬られていた。
「…………」
とある墓の前に立つ。
墓碑銘には何も書かれていないし、墓に入れるべき遺品も何一つ残って無かった。
弔うべきその人は、俺の目の前で完全に塵と化したのだから。
だが俺は、もといヴィソトニキを除く5人のGenocideNumbersは
ここを長兄マサカーの墓として、折を見て偲びに来る事にしていた。
「……やられたな」
それを見た時、思わず苦笑が漏れた。
日頃滅多に見せない俺が、笑っていた。
墓の前には、俺がアニキラシオンから貰ったのと全く同じ包みが置かれていたのだから。
誰が置いたかなんて、考えるまでも無い。
アニキラシオンが――姉が、兄を偲んで置いていったのだ。
「食べ切れぬから、兄さんに半分食べて頂こうと思ったんだが……」
ポケットから、真っ二つに割れたチョコを取り出す。
その片方を兄の墓前に置こうと思っていたのだが、さて、如何するべきか。
兄さんに1.5個食べてもらうか、自分が半分のを二個食べるか。
「食べ切れねぇなら、私が貰う」
「!」
機械の黒い手が視界の左から現れて、俺の手から半分のチョコをもぎ取った。
「なっ……」
「罰あたりな野郎だ」
手の持ち主を見て、俺は眼を剥いた。
どこに隠れていたのか、俺の背後にアニキラシオンが立っていた。
「折角姉が贈った物を真っ二つに割るなんてなぁ」
チョコをバリバリと齧りながら、半目で俺を見る。
「……忘れてなかったんだな、兄さんの事」
「たりめーだろ。
 ってか、お前にチョコやったのは“ついで”だ」
「……ケチな姉だな」
俺の呟きを無視して、あっという間にチョコを平らげた。
「残り半分、喰わないなら私が貰うが」
言うより早く、俺からチョコを奪おうとした手をかわす。
「いや、自分で食う。
 ……というか今お前が食べた分も、決してお前にくれてやるつもりは無かったんだが」
「ケチな弟だな」
「どの口が言うか」
口先で小競り合いを続けながら、俺達は暫く、兄の墓前で過ごした。
この姿を見せる事が、兄の供養になるだろう。
空の上から、きっと見ていて下さる筈だから。




兄さん、妹と弟は今日もこうして元気に生きてます。
だから、どうか安らかに眠って下さい。
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無題
うぉぉ…マサカー兄さん…!
この3人の兄妹話はなんだか他の子達よりも
心に響くものがある…と思うのです
そして、最近のフラカッソ兄さん好きだわぁw良いキャラしてきたよね!
ラクトキャスター| | 2011/04/18(Mon)18:46:36| 編集
無題
>>ラクトキャスターさん

有難う御座います。
重ねてきた時間の深さか何か
この三人はちょっと違うと私も感じてます。

フラカッソがいいキャラ……ツンデレですね判ります!(判ってない
普段は仲が悪そうなアニキと絡めることで
彼の本領が発揮される様な気がしてきました。
管理人| | 2011/04/20(Wed)00:07:42| 編集
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