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【Genocide Numbers】

Act.16



瞬く間に一週間が流れ、大反攻作戦『戦歌の大地』前夜。
ジェノサイドナンバーズは、それぞれの置かれた新たな環境の中にいた。



――ドミニオン界第七工廠・メインベース。
あれから一度の命令もなく、フラカッソとヴィソトニキは平穏な日々を過ごしていた。
「…………」
フラカッソは漫然と映画を見ていた。
ヴィソトニキはその腕の中で眠っている。
本来、DEMに眠ると言う概念は無い。
それに対応するのは、充電等の為もしくはエネルギーを温存する為に
機能を一時的にダウンさせる事である。
ヴィソトニキの眠りは、そのどちらにも当てはまらない。
だが彼女は満たされていた。
バッテリーではなく、『心』が。
「ん…………」
「……起きたか」
ヴィソトニキが身動ぎしたのを感じ、フラカッソは囁いた。
暫くフォーカスの定まらない目で彼の顔を見ていたが、彼の存在を認めると安堵の笑みを浮かべた。
「良かった」
「……何がだ?」
「……フラカッソ、私、夢を見てた……」
「夢?」
DEMが夢を見る筈はない……等と無粋な事は言わない。
スリープモード中に行われたデータ処理の残滓がブレインに残り
幻覚にも似た症状でも引き起こしたのだろう――と彼は判断した。
「とっても怖かった」
「そうか……」
何かにおびえているヴィソトニキの肩を、そっと両手で包む。
この頃になると、フラカッソはヴィソトニキが何を望んでいるか、何故か判るようになっていた。
彼はそれに従うだけだ。
他に理由は、求めないようになっていた。
「……どんな夢だ?」
「貴方が遠くへ行ってしまう夢」
フラカッソは、はっとした。
夢は夢でしか無い、と言い切るのは簡単し、実際そうだと彼は思っている。
だが、彼らは明日をも知れぬ身。
いつエキドナに上書き処理をされ記憶を失うか、判らない。
だが二人は、それを口にしない事にしていた。
どちらが言いだした訳ではないが、いつの間にか不文律が出来上がっていた。
「……大丈夫だ、俺はいつでも、お前の傍にいる」
代わりに、フラカッソはヴィソトニキが安心できる言葉を口にする。
不安を拭い去るように、髪も撫でてやる。
「うん……ありがとう」
「もう少し、寝てていいぞ」
「そうする……。
 おやすみ、フラカッソ……」
そう言って、ヴィソトニキは再び目を閉じた。
「…………」

フラカッソは、腕の中の少女を見て、思う。
後どれくらい、こうしていられるのだろうか、と。
上書き保存により記憶を抹消される事は、既に決定事項。
避けられない未来だと彼は考えている。

だがそれでも――彼は彼女の笑顔を保存したい欲求を押さえ切れなかった。
例え記憶を消される運命に会っても、また彼女に微笑んでもらいたい。
いつまでも、出来得る事なら、自分の隣で。

ふと――フラカッソの脳裏にある考えが閃いた。
どうせ、近い内に二人の記憶は消される。
既に死刑判決を受けているにも等しい。
それならば、禁忌に触れようとも構わないのではないだろうか。
その『禁忌』が、上手くいく保証は無い。
失敗する可能性の方が高いし、成功したとしても彼女を幸せに出来るかどうか判らない。
だがそれでも、試す価値は十二分にある――彼はそう判断した。

「……ヴィソトニキ……」

フラカッソは、眠れるDEMの少女の名を呼ぶ。
彼女が寝入っているのを確認すると
ゆっくりと、ネクタイの結び目に手を掛けた。

「…………」

彼は懊悩する。
今から、自分がやろうとしている事は、到底許されるものではない。
それが彼女を本当に救う事につながるとも、思えない。
ただの、自己満足でしか無い。

「…………」

結び目を解くと、ネクタイの片側を引き、音を立てないように襟から抜き取る。
ヴィソトニキは僅かに身動ぎをした程度で、目覚める様子は無い。
それを確認し、フラカッソはYシャツのボタンに、指をひっかけた。
そっと弾くと、ボタンは穴を縦に抜け、シャツの胸元が少し、開いた。

「…………」

彼はもう一度自問する。
本当に、そんな事をしていいのか。
彼女の命を冒涜する行為ではないのか。

「…………すまない、ヴィソトニキ」

それでも彼は、止まれなかった。






――ウェストフォート。
大反攻作戦を明日に控えた夜、ウェストフォートはひっそりと静まり返っていた。
哨戒兵などの一部の兵士を除き、皆明日に備え早めに就寝している。
中には、興奮でなかなか眠れない者もいたようだが。

「……南西地区、異常無し」
「南西地区も異常ありませんぞ」
街を東西に繋ぐ大架橋の下、二人の兵士が敬礼を交わしている。
夜遅くまで、街中をパトロールしていた防衛部の者だった。
1人は竜面の執事、1人は空色のポニーテ-ルの軍人。
将軍麾下のDEM二人組は、あっちの二人組とは逆に
寝なくても師匠の無いDEMの特性を生かし、ヒトの代わりに見回りに出ていた。
「……大丈夫そうね、流石に」
カラミティーの言葉に、ノウマンが頷く。
「興奮して、羽目を外す者でも居るかと警戒したが、杞憂だったようで」
「……我々も帰りましょうか」
「ですな」
二人は並んで家路についた。
静まり返った市街を歩きながら、小声でノウマンが話す。
「明日は西平原にて双方共に総力戦になると思われますが、大丈夫ですか?」
「……どういう事?」
「かつてのお仲間が、敵の中に居るかも知れません」
カラミティーは、塔で別の道を行った仲間を思い出した。
フラカッソとヴィソトニキ。
恐らく彼らは、エキドナの下に戻っているだろう。
「……」
彼らに会ったら、どうすればいいんだろうか。
今までのように、機械的に攻め込んでくる敵を迎撃するのとは訳が違う。
向こうもカラミティーを認識した上で、攻撃してくるだろう。
「躊躇いが有るようであれば、後方支援に回って頂くことも出来ますが――」
カラミティーが黙っているのを見て、ノウマンが申し出る。
しかしカラミティーは、それを遮った。
「いや…………出来るよ」
カラミティーの中には、決意が出来ていた。
彼らの相手こそ、自分が務めるべきだ、と。
説得できるなら、戦いを止めさせて投降させたい。
しかしフラカッソの性格的に、それが困難であることは承知している。
ならば、私がとるべき手段は一つ――――

『……せ……』
「……せ?」
カラミティーのアンテナが、僅かな声を捕らえた。
思考を一旦中断し、周囲に目を向ける。
「……ノウマン、今、変な声が聞こえなかった?」
隣を見ると、ノウマンは青龍偃月刀を腰だめに構えていた。
「……私も、この方角から微かな反応を感じました」
ノウマンの視線の先には、地下へと続く小さなトンネル。
その前には『KEEP OUT』と書かれた警告板が置いてあった。
「……この先は?」
「アクロポリスへと続く地下道が有ります。
 ですが、アクロポリス陥落時に塞がれ、それ以来使われてない筈です」
カラミティーは一歩、トンネルに近づいた。
中からは冷たい不気味な風が吹いてくる。
『……こセ……』
耳を澄ますと、また同じ声が聞こえてきた。
人かDEMか、はたまた幽霊か。
二人は顔を見合わせると、何も言わずに警告板を跨ぎトンネルに踏み込んだ。

トンネルは思ったよりも広かったが、所々に落盤の跡が見られた。
当然ながら照明など無いので、ノウマンの自前の懐中電灯だけが唯一の明かりだった。
「……暗いね」
「こんな場所に、何か居るのでしょうか――?」
ノウマンがトンネルの奥に懐中電灯を向ける。
光は闇に飲み込まれ、何も見えない。
『ヨ……こセ……』
だが、あの声が再び聞こえてきた。
声の主に近づいているのか、先ほどよりもはっきりと聞こえた。
それはヒトのものではなく、ノイズ混じりの合成音だった。
「……DEM……?」
「発声機能に異常があるようですな」
その時、見えない気配が高速で近づいてきた。
「……近い!?」
『武器を……寄越セ…………!』
ノウマンは周囲を隈なく照らしたが、二人以外に動くものは無い。
「クローキングかっ……!」
気配は、確実にノウマンに接近しつつあった。
ノウマンが後ろに跳び退る。
だが見えない相手はその軌道を呼んで、彼に攻撃を繰り出した。
「ソノ刀……貰ウぞ!」
ノウマンが右に持っていた青龍偃月刀が、何者かに引っ張られた。
得物を振り回して相手を振りほどこうとするが、敵の握力は強く上手くいかない。
「寄越セェェ……!」
「っ!」
見えない一撃が、ノウマンの右手に入った。
思わず武器から手を離すノウマン。
青龍偃月刀は宙を引っ張られていき、そして消えた。
「……ノウマン、大丈夫!?」
「ダメージは大丈夫ですが……
 武器を取られたのは、ちと痛いですなぁ。
 あれとは、シェーラと同じくらい長い付き合いなので」
「……武器ダ……武器……新タな力…」
ノウマンの武器を強奪し満足したのか、敵はなにやら呟いている。
どうやら、目的は武器だけで、危害を加えるつもりはないらしい。
「……あなたは、何者?姿を見せて」
カラミティーが虚空に問いかけると、何かが身動ぎする気配が帰って来た。
「……貴様は……DEMのようダな」
懐中電灯の光の中に、うっすらと人影が現れる。
それはDEMだったが、見る者に違和感を与える、ちぐはぐな容姿だった。
胴体に対し頭部が大きく、手は細く妙に頼りなく見える。
まるで、つぎはぎして作られたDEMのようだ、とカラミティーは感じた。
そのDEMの目が、ギロリとカラミティーの顔を見た。
真っ赤な逆毛と相まって、かなりの迫力だ。
「新型カ……」
「……まあ、そこそこ。
 試作型ってところかな」
「俺達ト……同ジか…………丁度イイ」
「え?」
カラミティーが聞き返したその刹那、彼女の眼前を何かが音を立てて通り抜けた。
今ノウマンから奪った青龍偃月刀。
彼がそれを一閃したのだった。
「!」
「貴様ヲ倒しテ、俺の強サを証明シてヤる!」
「カラミティー嬢!」
カラミティーは素早く後ろ飛び下がり、マシナフォームへとチェンジした。
「どいててノーマン!
 コイツは私がやるっ!」
「やらセルかヨォ!!」
赤いDEMが、叫びと共に再び透明になった。
ノウマンにやったのと同じ戦法で、カラミティーの鎌を狙うつもりだろう。
「来ますぞ!」
「……同じ手は……通用しないよ!」
カラミティーは鎌を持っていない方の手を地面に叩きつけ、『蒼血』を周囲に飛散させる。
「自ラ手を……!?」
飛沫は細い糸を伴って壁に貼りつき、蜘蛛の巣の如きセンサーを形成する。
だがただでさえ暗いトンネルの中、それを視認する事は不可能に近い。
「何をシテるのカは知らンが、シャラくセぇ!」
「!」
構わずに突撃して来たDEMの足が、『蒼血』の糸の一つに触れる。
「そこっ……!」
反応があった空間に、カラミティーは大鎌を思いっきり振り下ろした。
刃は真っすぐ地面まで落ちず、途中で抵抗を受けて止まった。
「ぐアァぁっ!?」
「……当たった!」
ダメージでクローキングが維持できなくなったのか、DEMの全身が可視状態に戻った。
大鎌は肩のあたりに食い込み、30センチほどの亀裂を生みだしていた。
「……勝負あったね。
 さぁ、武器を返し――」
「ま、マダだ……まダ、俺達ハ戦エる……!
 マだ負ケちゃいネェ!」
DEMは素早く立ち上がると、破損個所を庇うように手で押さえ、一目散に逃げ出した。
その姿は闇に呑まれ、あっという間にトンネルの奥へと消えて行った。
「……待てっ!
 ノウマン、戻って防衛部に連絡を!」
「カラミティー嬢一人で行かれるつもりですか!?」
「……偃月刀取り返さないと!」
返事も聞かず、カラミティーは闇の中に突っ込んで行った。

トンネルは一本道だったが、途中で崩れていた。
しかしカラミティーが上を見上げると、どうやら空洞があるらしく、光が漏れている。
逃げたDEMが居るとすれば、ここしかない。
「……ここね……!」
カラミティーは一気に駆け上り、その空間に立った。
そこには僅かながら発光素子が備え付けられており、周囲を照らし出していた。
地面に散らばるのは、盗んだと思われる武器の数々。
そして、それに混じってDEMのパーツがいくつも散乱していた。
腕、体、脚、頭……何体ものDEMが、ここで朽ち果てていったようだ。
「来たカ……こんドは負ケナい……」
「……!」
部屋の奥の方に、さっきのDEMが佇んでいた。
肩の傷は応急処置が施してあり、背中には大量の武器を背負っている。
「……貴方は誰なの?
 何故、戦うの……?」
カラミティーは気になっていた疑問をぶつけた。
「俺“達”の名ハ『レッドハンド』
 戦闘部隊『赤い手』の生キ残りダ……」
レッドハンドと名乗ったDEMは、自分の事を語り始めた。

彼らはカラミティーと同じく、新しい規格となるフラッグシップ――の筈だった。
だが、ある作戦中にドミニオン達の手により、部隊の過半数を失い、地下通路に閉じ込められた。
彼らはすぐに救助が来ると考えていた。
自分達は強く、戦略的価値が有るのだから。
しかし、いつまで経っても、誰も助けになんて来なかった。
エネルギー切れやメンテ不足で、一人、また一人と倒れて行った。
生き残ったDEMは、倒れたDEMのパーツで自分の体を修理して生き延びた。
「見ロ……このボディは『ミめーテぃカ』って奴のダ……無口だケドいい奴だッタ。
 こッチの脚ハ『えロイか』のダ……最後まデ、外に出タイって言ッテたっケな……」
パーツを摩りながら、レッドハンドは懐かしげに語った。
だがそれでも、頭数は確実に減って行き、最後には彼一人が残った。
「俺ハ、何故俺達が見捨てラれたカ考えタ……そしテ、気付イタ。
 俺達が弱く、回収すル労力ニ見合わなカッタからだ」
DEMは基本的に合理主義で動いているので、その理論は間違ってはいない。
だがカラミティーは、そんな事言えなかった。
「ダかラ、俺達ハ強くナろうトした。
 地下通路を通ル奴ラから、武器やパーツを巻き上ゲてナ……」
「……なるほどね」
レッドハンドの過去を聞いて、カラミティーは居た堪れなくなった。
話せる事は全て話したのか、レッドハンドは戦闘モードに移行した。
「貴様ヲ倒して、俺は……俺ハ認めて貰うんだ!
 俺達の価値を!俺達の存在を!俺達を一度は切り捨てた連中になぁ!」
レッドハンドは、背中から太刀を取り上段から斬りかかって来た。
「くっ……!」
カラミティーは大鎌で受け流す。
「……強い……!」
「オラオラオラオラァ!」
レッドハンドは別の手でトライデントを掴み、突き出す。
大鎌で弾き飛ばすと、それを捨てて今度は別の剣で斬撃を放つ。
「……キリが無い…!」
レッドハンドの攻撃は、まさに嵐の如くカラミティーを襲う。
「どうした!さっきの威勢が感じられないぞ!」
「……っ」
攻めに転じたくても、何故か力が入らない。
レッドハンドの身の上話に同情しているのだろうか。
ならば、今交わすべきは刃ではなく、言葉。
「貴方は……一体何に認めて貰おうっていうの?」
猛攻を防ぎながら、カラミティーは問いかける。
「決まっている!俺達を作った上の連中よ!」
「……上のお偉いさんのDEMに認められるのが、そんなに大事?」
「何ィ!?」
レッドハンドの攻撃が弱まった。
「どういう事だ、オイ!」
「……私は、ね。
 離反したんだよ、自分の“母”のやり方が頭に来て」
カラミティーは相手の攻撃範囲から飛び出す。
「……レッドハンド、貴方見捨てられたのに、まだ気付かないの!
 偉いDEMは、いつでも部下のDEMをモノのように扱ってるんだよ!」
カラミティーは、エキドナに『心』を奪い続けられて来た。
アクロポリスで出会ったDEMの少女とトップアーツも、同じく苦しめられていた。
少女はDEM社会に反したために、彼女を管理する"母世代"の命令で始末され
トップアーツもまた、見捨てられて800年の孤独の中に放り込まれた。
彼もまた、同じだ――同じ被害者だ。
「そんな連中に媚びるなんて……馬鹿げてるよ、レッドハンド!」
「……じゃあ、どうしろってんだよぉ!」
レッドハンドはいきり立って、カラミティーの頭目掛けて青龍偃月刀を思いっきり投げつけた。
「!!!」
咄嗟の事に、カラミティーは反射的に動いた。
回避ではなく大鎌を構えての防御。
だがそれが、レッドハンドの命運を分けた。
「!」
甲高い金属音と共に、青龍偃月刀は跳ね返り、宙を舞った。
そしてそれは、回転しながら投げた本人の元に還る。
「な………ぐはっ!?」
不意の一撃を、レッドハンドは胸でモロに受けた。
龍の口から飛び出した刃が、彼の胸部の重要な機関を貫通していた。
「……レッドハンド……!?」
支えを失った体が、背負った武器の重さで後ろに倒れる。
ズン、と部屋を揺るがすような音と共に。
「やられた、ぜ…………」
「ごめん、こんなことになるなんて――!」
レッドハンドの胴体から青龍偃月刀を抜き取り、傷口の修復を試みる。
だが破損が酷く、『蒼血』でもどうにもならない。
「いい……無駄だ。
 仲間が壊れるのを……嫌というほど見てきた俺には、判る……」
レッドハンドはカラミティーの手を退け、天井を見て微笑んだ。
カラミティーはそれを見て、察した。
犬好きの少女やトップアーツと同じで、この人ももうすぐ止まるのだ、と。
「……お前、名前、なんて言ったっけ」
「カラミティー」
「なぁ……カラミティー……俺達はどうすればよかったと思う……?」
「……」
カラミティーはちょっとだけ悩んだ。
言いたい事はあったが、上手く纏まらないので、結局そのまま伝える事にした。
「……自分の価値は、自分で決めるものだと思う」
「へぇ、なるほど……」
「だから、自分の生きるやり方も、自分で決めるのが、一番いい。
 ……と私は思うな」
あの少女のように、DEMの規律に反し、追われて死ぬ事も有るだろう。
だが最後に、彼女は満足げに笑っていた。
トップアーツも、彼女は人生の殆どを与えられた任務に捧げたけど
彼女もまた、最後に任務を『故郷を見るため』という自分の目的に還元して、笑顔で逝った。
「それ……DEMっぽく……ねぇなぁ。
 俺にゃ、難しいなぁ……」
彼は苦笑して言った。
「うん……でも、レッドハンドなら出来たと思う」
「何故だ?」
「……貴方からも自我を……『心』を感じたから」
「『心』だぁ?」
レッドハンドは怪訝な顔をした。
カラミティーは頷いて続ける。
「……レッドハンドは、怒ったり、悲しんだり、笑ったり自然にしてる」
「……そう言えば、そうだな。
 いやぁ、気付かなかった……確かにDEMっぽくねぇな、こりゃ」
間の抜けた顔をされて、カラミティーは思わず微笑んでしまった。
なんて喜怒哀楽の激しい人だろう、と。
どうしてトンネルで暮らし続けた彼が、こんなに感情豊かなのかは分からない。
『赤い手』の仲間達で、励まし合ったり助けあったりした賜物だろうか。
「それって、凄いよ。
 『心』がないと、出来ないもの」
「へぇ……哲学者だな、カラミティー」
「……へへ、有難う」
哲学者の意味がよく判らなかったが、褒められているのは感じた。
レッドハンドは、ふっと笑うと再び天を仰いだ。
「俺にも『心』がある、かぁ。
 なんだか、清々しい気分だ……!」
「…………」
いい笑顔だった。
さっきまで怒り狂っていた彼は、憑きものが取れたかのように穏やかだ。
「じゃ、そろそろ行くわ……
 偃月刀悪かったな、返しておいてくれ。
 このレッドハンド様を討った、伝説の業物だと伝えてくれよ」
「……うん、判った……」
カラミティーは、涙なんて出ないのに、不思議と泣きそうな気持ちになった。
レッドハンドは、片手を差し出す。
「……カラミティー、アンタと戦えて、良かったよ」
「……うん、私も」
その手を握り返す。
精いっぱいの笑顔で、彼を見送ろうと頑張る。
それを見て、レッドハンドも会心の笑みで返した。
レッドハンドの手がまばゆく光り
その光がカラミティーの手へと宿る。
「俺の事忘れんなよ――――あばよっ!」






――ギルド評議会本部。
ダウンタウンの何処かにあるその施設内の独房にて。
「…………」
ドゥームは壁際に腰を下ろしていた。
精悍な瞳は曇り、一週間前は糊が利いていた白衣もよれよれに草臥れていた。
ドゥームは己の浅はかさを、再び悔いていた。
評議会に逮捕されてから一週間。
評議会未登録のDEM、ということで尋問以外にも色々調べられた。
頭の中を覗かれたり解体されかかったり、屈辱的なこともあった。
検査に立ち会った博士らしき女性は色々気遣ってくれたが、だからどうなるというものでもない。
何をされても、ドゥームは何も話さなかった。
また、サージャとの面会を再三求めていたが
今のところ、その要求が聞き入れられた事は無かった。

光の塔で分かれた仲間たちが今どうしているか
そしてカーネイジがどのような目にあっているかは判らない。
状況は最悪だ。
一刻も早く、この状況を打開して仲間の下に向かわねばならない。
だか彼女には、もう打つ手が無かった。
こうして一日中、狭い牢の中で座っているしかなかった。

「面会です、出て下さい」
「…………」
数十時間ぶりに、鉄格子が開いた。
無表情な軍人が扉を抑えてドゥームを見ていた。
「……一体誰かナ……」
のろのろと立ち上がるドゥーム。
その体からは、覇気がまるで感じられなかった。
「貴女が面会を求めていた、評議会の雇っているサージャという男だ」
「!」
サージャ。
その名前で、ドゥームの『心』に僅かに活力が戻る。
「……サージャ……」
「早くして下さい」
「判った、すぐ行くヨ――」



面会室には、小さなデスクとその両側に簡素な丸椅子。
ドゥームが部屋に入れられた時、既にその男は片側に座っていた。
「…………」
サージャは片腕をデスク上に置き、サングラス越しにまっすぐドゥームを見ていた。
その目には、親しさなど一欠けらも無い。
「私はこれで。
 外で待機しておりますので、何かありましたらすぐ呼んで下さい」
「ああ、有難う」
ドゥームを牢から連れ出した兵士が、サージャに敬礼して出てゆく。
「…………」
ドゥームは突っ立ったまま、サージャを見ていた。
彼女が、評議会のメインサーバーで見た姿と同じ。
だが――その目は彼女を睨んでいるように見えた。
「……座れよ」
「う、ウン」
サージャに言われ、ドゥームはおずおずと腰掛けた。
正面からじっと睨み、黙っているサージャにさり気なく視線を向けてドゥームは思う。
彼はずっと憧れてたヒト。
やっと会えたのに……何かがおかしい。
彼が怖い。
何故、自分は怯えているのだろう――
「君か、俺と面会をしつこく求めてるDEMって」
「……ドゥーム、だヨ」
ドゥームが名乗ると、サージャは疎ましげな視線を向けた。
「お蔭で、俺は評議会長から疑われて大変だったんだ」
この騒動に一枚噛んでいるのでは、と疑われたのだ。
事件の被害者であるアニキがサージャと暮らしており
しかも今そのアニキが失踪している事が、疑いを深いものにしていた。
「……ゴメン」
「ちっ……」
ドゥームに素直な謝罪に、サージャは小さく舌打ちした。
「俺はアンタに会った事は無い。
 ……何故、俺の名前を出した?」
ドゥームは可能な限り詳しく、事の経緯を話した。

彼とメインサーバー内で出会った事。
『心』が芽生えた事。
ジェノサイドナンバーズとエキドナの事。
反逆を企てた事。
アニキをサージャのもとに送った事。
そして今、彼女達が窮地に有る事。

話は一時間に及んだが、サージャは黙って聞いていた。
だが、最後まで聞き終えたサージャは席を立った。
「……俺には関係の無い話だ」
「ちょ、ちょっと待ってヨ!」
その背に追いすがるようにドゥームも立ち上がった。
サージャは振り返ることなく語る。
「……確かに俺は半年前、評議会長の依頼でサーバーへの侵入者を撃退した。
 その時に、俺の『心』をコピーして作ったプログラムを用いたのも事実だ。
 …………だが」
そう前置きをし、若干間を空けた。
「当然のことだが、俺にその記憶が有る訳じゃない。
 それに……それは『俺』じゃない。
 『心』は複雑過ぎて、完全にはコピー出来んよ……」
「……そんな………」
ドゥームの目の前は真っ暗になった。
自分は、今まで幻想を見ていたのだろうか。
自分に『心』をくれた人なら、力になってくれると信じていた。
だが――その人の『心』は凄く冷たく自分を拒絶した。
「じゃあな。
 時間を無駄にした」
そう言い捨てて、サージャはドゥームを残し、部屋を後にした。
再び、先ほどの兵士が入ってきてドゥームの腕を掴む。
それでもなお、ドゥームは彼の背中を見続けていた。





――ドミニオン界・北アクロニア平原。
「…………空が、禍々しいな。
 水色の空が懐かしー」
岩陰に蹲ったまま、アニキは空を見上げて呟く。
砂や風を防ぐために、途中で調達した麻をマントの様に体に纏っていた。
アニキの現在位置は、アクロポリス北口近く。
DEM専用の通路や山道を使えず、身を隠しながら移動を続けたため時間がかかったが
なんとかここまで来られた。
明日には、第七工廠に辿り着ける。
「来ちまったな、遂に」
弱虫カーネイジを連れて帰る。
その為だけに、アニキは平和なアクロポリスから戦争のアクロポリスまで出向いたのだ。
フラカッソは邪魔をしてくるだろう。
もしかしたら、エキドナも敵に回す必要が有るかもしれない。
そして彼女を守護する数多の雑魚共とも。
「上等だ、上等」
アニキは滾っていた。
喧嘩の相手として、不足は無い。
兄弟だろうと母だろうと、敵対するならブン殴って思い知らせるだけ。
負けるかも、という恐怖は無い。
何があろうとも彼女は帰るのだから。
そうメリーと約束した。
だから、ここで死ぬ運命ではな――そう確信していた。
「それにしても……」
だがアニキには、全く別の問題……ないし、疑問があった。
DEMの活動に必要なエネルギーである。
それも、エネルギーが足りないのではない。
エネルギーが『減らない』のである。
アニキは、一週間前にアクロを飛び出してから、食事らしい食事を取っていない。
当然、充電するような場所もなかった。
しかし彼女のエネルギーは、殆ど増減していないのである。

<アニキラシオンエンジン:稼働率8% 依存率95%>

ブレインの片隅に表示されているステータスが、この謎を解く鍵なのだろうが――
「……永久機関か?コイツ」
左胸のエンジンが、彼女にエネルギーを与えていた。
マサカーやフラカッソと闘った時のような膨大な熱量としてではなく
活動に支障が無い程度のエネルギーを常に供給しているのだ。
クォーツ博士はアニキに、悪いものではないと言っていたが
アニキはどうしても、不安をぬぐえなかった。
「まあ……大事なときに止まんなきゃ、後はどうでもいいけどな……」
難しく考えるのに不向きなアニキは、思考を止めて眠ることにした。

明日は決戦だ、忙しくなる――






――評議会長室。
扉が、短く二回ノックされた。
「お入りなさい」
「失礼するぞ」
ノックに応える初老の女性の声に、無礼な若い男の声。
暖房の聞いた部屋に入り、男はため息を吐いた。
「……全く、迷惑な話だ」
男は許可も得ず、部屋のソファに腰を落として足を組んだ。
弓兵のドレスの裾が捲り上がり
黒タイツに包まれた、男性とは思えない美脚が一瞬露になった。
「それはお互い様よ、当分DEM絡みの話は聞きたくないわ」
評議会長ルーランは半目で睨みながら、愚痴るように言い返した。
「報告はいいよな?どうせ聞いてたんだろ?」
街の最高責任者の前で、サージャは全く礼儀に気を使う様子も無い。
「まあ、バレてるわよね。
 サーバー侵入の下手人が見つかっただけでも充分だわ。
 ……アニキさんの経緯についてもね」
先ほどの会話を、評議会長や重役は全部盗聴していた。
サージャに予め言った訳ではないが
評議会に属して長いサージャにはそんな事お見通しだった。

「…………評議会長。
 ハッキングは重罪だったな、確か」
「30年以下の懲役もしくは300M以下の罰金よ」
「だが、あのDEMに払える金が有るとも思えん。
 それに、だ……」
サージャは足を組み変え、膝の上で両手を組んで続ける。
「危険な空気を感じる。
 メインサーバーにハッキングする度胸と性能といい
 思い切った行動力といい……あのDEM、絶対に御せん。
 ……扱いを誤れば、名前の通り破滅を招くぞ」
それは評議会長も感じていたこと。
ドゥームを上手く利用できれば強力だが、リスクが高過ぎた。
「……何が言いたいのかしら、傭兵さん」
「では、進言させてもらうぞ、会長」
ルーランとサージャの視線が、空中で鋭く衝突する。

「事が起きる前に、処刑すべきだ。
 もう一人のDEMと一緒にな」
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